SDH 
エントリー
SDH
キーワード
SDH、PCCM、SRHR
KFCTポートフォリオ勉強会では、専攻医が自身の経験した症例をもとに、診療のプロセスや迷い、学びを振り返り、参加者と共有しています。
今回は、長年にわたり家庭内での暴力や支配的な関係にさらされてきた高齢女性との関わりを通して、健康の社会的決定要因(SDH)を捉える視点と、家庭医療における「語りを待つ医療」のあり方を深めた症例が紹介されました。
症例は、腰痛リハビリのために当院を受診していた73歳の女性。繰り返しの外来の中で、夫からの暴言・暴力・性交渉の強要といった支配的な関係が徐々に語られるようになりました。患者は「我慢すればいい」と語る一方で、「羽ばたいていきたい」とも言葉にし、長年抑え込んできた思いがにじみ出ていました。家族構成としては、精神疾患を持つ子どもたちとの同居、宗教コミュニティとの関わりなど、複雑な状況が背景にありました。
担当医は、本人が安心して語れるよう、1回1時間ほどの外来時間を確保しながら対話を重ね、家族図やライフレビューを通じて人生の振り返りを支援しました。地域包括支援センターなどの地域資源との連携を深め、少しずつ地域の支え手を増やしていきました。診療の中でループ図を用いて関係性の整理を行い、患者とともに現状を見つめ直す機会も設けました。
勉強会では、「本人の本当の困りごとは何か」「支配構造の背景にはどのような社会的要因があるか」「レバレッジポイントをどこに見出すか」などの視点から活発な議論が行われました。指導医からは、DVの背景にある家父長制やジェンダー規範への理解、宗教が居場所になっているか、制約になっているかの見極め、本人と長期的にどう向き合い続けるかといった問いが投げかけられました。また、「DoingではなくBeingの姿勢」「沈黙をともにすることの意味」「医療者のアンコンシャス・バイアスに気づくこと」の大切さが共有されました。
この症例を通じて得られた学びは、身体の症状の背後にある語られにくい物語に耳を傾けることの重要性です。家庭医は、単に症状を治療するのではなく、語る場・生きる場としての「外来」を作ることができる存在です。そして、健康格差を生み出す構造的要因(SDH)を見抜き、少しずつ環境を整えていくことが、患者の変化の兆しに寄り添うケアに繋がっていくのだと実感する機会となりました。

このサイトの監修者
亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男
【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学