COVID-19: シンガポールにおけるプライマリヘルスケア対応。前線での記録。(2020年第5回RJC#2)

ジャーナルクラブ 第5回
2020/06/24
高橋亮太

1 タイトル

「COVID-19: シンガポールにおけるプライマリヘルスケア対応。前線での記録。」
COVID-19: Notes From the Front Line, Singapore's Primary Health Care Perspective
Wei Han Lim and Wei Mon Wong
The Annals of Family Medicine May 2020, 18 (3) 259-261;
DOI: https://doi.org/10.1370/afm.2539
カテゴリー research journal club
キーワード coronavirus COVID-19 SARS-CoV-2 primary health care virus pandemic

2 背景

COVID-19は、中国を起点にアジア、さらにはヨーロッパ、アメリカ大陸に急速に感染拡大した。

シンガポールは、国際的な渡航とビジネスの中継地であり、特に感染リスクが高い。
初めて感染が確認された症例は2020年1月23日と比較的早い段階であった。

シンガポールは、積極的な公衆衛生対策および封じ込め施策を展開した。これは、2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザH1N1流行の経験をもとに計画された。

このコロナ危機に対して、ヘルスケアシステムが、公衆衛生的観点から強固に連携した対応をとることが重要であり、成功例は国を超えて応用可能と考えられる。

COVID-19感染症の初期症状は、非特異的な症状であり、多くの患者が、軽度の上気道症状でプライマリヘルスケア診療所を受診することが多い。

プライマリヘルスケアにおけるCOVID-19について収集可能な情報およびデータで対応するのは不十分であり、SARSや新型インフルエンザパンデミックの公衆衛生対策の成功例のエビデンスも活用すべきであろう。

本論文では、シンガポールにおいて、このCOVID-19流行に対して、プライマリケア診療所がどのような枠組みで対応したかを記述すること、そして、その教訓が他の国々においてもそれぞれの環境におけるニーズに合わせながら、適用する方法を見つけていただくことを期待している。

3 シンガポールにおけるプライマリヘルスケア対応

1)概要 PRIMARY HEALTH CARE RESPONSE IN SINGAPORE
今回我々は、50の私的なGP診療所ネットワークで行った封じ込め施策の経験を共有したい。これらの封じ込めおよび感染予防策は、政府によるガイドラインとロジスティック支援を通して強化された。

シンガポールは、プライマリヘルスケアネットワークに大きく依存している国である。GP診療所は診断未確定症例のほとんどが最初に受診する場所であり、プライマリヘルスケア受診全体の79.06%を占めている。

パンデミックの期間、診療所では呼吸器症状の訴えがない患者の管理もまた同時並行して行う必要が有る。

これらの(無症状の)患者は、診療所受診の際に、コロナ陽性症例からの感染リスクから守る必要が有る。

さらに、封じ込め対策に従事する診療所に勤務する医療従事者の安全性もまた守られなければならない。最前線の医療従事者としての個人防御についての懸念と不安を最小限にしていくこと、そして、健康を保つことが重要である。

大量の患者受診および初期COVID-19感染症の非特異的な経過から、GP診療所は大量の患者プールから疑い症例を早期発見して隔離する起点となる。

これらのネットワークにおいて、2020年2月8日〜22日までの2週間に、
GP診療所に56,820人の患者受診があった。このうち、125症例が疑い症例としてNCIDに後送され、3症例が陽性確定した。

同じ期間に、1つの診療所では、1,228人の患者受診があり、13症例が隔離され、2症例が疑い症例としてNCIDに後送された。
この論文を記載している時点では、一人の医療従事者もCOVID-19感染が見られていない。

2)封じ込め施策 Containment Measures
我々のネットワークにおける診療所受診は、図1のような厳格なプロトコールに基づいて合理化されている。

受付の時点で、看護師が図1の厳格なプロトコールおよび健康調査フォーム(補足資料図1)をもとにすべての患者をトリアージし、疑い症例を識別する。これらは政府のガイドラインにおける疑い症例定義に基づくものである。

これらの症例定義は、地域および国際的な状況変化に基づきアップデートされる。
疑い症例として識別されると、診療所内の専用室に即座に隔離され、医師による評価が行われる。

患者が疑い症例定義に合致した場合には、そのまま隔離を続けられ、公的救急サービスによりNCIDへと後送される。

疑い症例の症例定義を満たさない場合にも、上気道症状の自然経過をみるため、3-5日間の自宅待機を指示され、その後も、グループ内の電子カルテ(EMR)システムにて継続フォローされる。

これによりネットワーク内での症例の追跡、前向きフォローを可能としている。
患者は、自宅待機の最終日には、診療所からの電話より再評価される。

症状が遷延していると報告する患者は、さらなるワークアップのため診療所受診を提案される。また、呼吸困難が出現するなど、症状の悪化が見られる場合には、自宅から公的救急サービスにより、さらなる評価のため、直接NCIDへ後送される。

自宅待機の途中に症状の悪化を感じた患者がいた場合には、ネットワーク内の遠隔診療アプリケーションを用いて医師の診察を受けるか、実際に診療所を受診することもできる。

これらの封じ込め対策は、政府の封じ込め施策と連携して運用されている。すなわち、ハイリスク国家・地域からの帰国者は、14日間の自宅待機を強制するなどの施策である。

3)感染予防策 Infection Control Measures
潜在的な陽性症例から他の患者および医療従事者への交差感染を防ぐため、強化感染防止策が実施された。

ネットワークに所属する全ての医療従事者は、電子メールやモバイルチャットなどの複数のコミュニケーションツールを通じて、最新情報を適切にアップデートされた。これらのツールは情報アクセスの困難さを解消した。

医療従事者に対する適切なトレーニングは1対1のセッションもしくはマルチメディア情報ガイドを用いて行われた。

全ての医療従事者は、PPEの適切な使用方法および廃棄方法をトレーニングされた。医師は、保健省からの最新情報に基づき患者の管理方法を計画し、看護師は適切な除染方法を指導された。これにより個々の医療従事者のレベルで感染予防策の教育が最適化された。

PPE資源は、それぞれの医療機関からだけでなく、政府のパンデミック用備蓄からスタッフ防護用の資材が提供された(補足資料図2)

PPEは全ての患者と接する受付スタッフも着用した。隔離室および通常の診察室で診察する医師も着用した。PPE着用ガイドラインの遵守は全てのレベルで厳しく強制された。

疑い症例が検知され、NCIDに後送された場合、診療サービス再開する前に診療所は除染が行われた。

4 結語 CONCLUSION

このコロナパンデミックにおいては、病院やヘルスシステムは途方もない緊張下にしかれており、適切な対策を草の根レベルで開始すべきであることを心に留めておく必要がある。

これらの対策により早期に疑い患者を識別し、隔離することは、病院レベルでのトリアージ負担を減らすことにつながる。そして、コミュニケーションと教育の障壁を取り除き、患者および医療従事者を守ることにつながる。

我々の望みは、今回の経験が、他のヘルスケアシステムにおける枠組みに、それぞれの特徴的なニーズに適応した形で、活用されることである。

さらには、我々の経験が、国際的に広がるパンデミックにおいて、プライマリヘルスケアの役割を広げることを促し、プライマリヘルスケアネットワークが迅速な効果的なエビデンスに基づいた対応を進めることにつながることを願っている。

5 日本のプライマリケアへの意味

*日本とシンガポール
 同じ島国であり、対応に参考となるところはある
 海外渡航者が多い 中継点となる特殊性 水際対策も重要
 一方で、国家の規模や医療制度も異なるので、一概には比較できない

*シンガポールにおけるコロナウイルス対応
 診療所を中心とした疑い症例フォロー対策
 単一診療所での対応ではなく、ネットワーク(50診療所)で同一対応を取ることが重要
 また、国の直接支援 ガイドライン ロジスティックスがあったことも大きい

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学