日本の在宅医療患者の記述研究:多施設横断研究。訪問診療、マルチモビデティに関連する要因の検討(2020年第4回RJC)

ジャーナルクラブ 第4回
2020/6/4
高橋亮太

1 タイトル

「日本の在宅医療患者の記述研究:多施設横断研究。訪問診療、マルチモビデティに関連する要因の検討」
Multicentre descriptive cross-sectional study of Japanese home visit patients: reasons for encounter, health problems and multimorbidity
Makoto Kaneko, Kees Van Boven, Hiroshi Takayanagi, Tesshu Kusaba, Takashi Yamada, Masato Matsushima
Family Practice, Volume 37, Issue 2, April 2020, Pages 227-233, https://doi.org/10.1093/fampra/cmz056

カテゴリー research journal club
キーワード
 Access to care ケアへのアクセス
 clinical research 臨床研究
 continuity of care ケアの継続性
 geriatrics 老年医学
 multimorbidity マルチモビデティ
 primary care プライマリケア

1 Key Messages

・訪問診療のICPC-2をもとに記述。慢性疾患への処方/検査が最も多い。
・緊急訪問(臨時往診)は全訪問の8%
・在宅医療におけるマルチモビデティを焦点にあてた初の研究
・マルチモビデティ有病率は50%以下

2 背景・目的・仮説

●背景(新規性・意義を記載)
日本は世界でも高齢化が進んだ国 ref 1
OECD 複数の健康問題を抱える高齢者への適切な医療ケアの提供のためにプライマリケアの発展の重要性を指摘 ref 2
日本では厚生労働省が高齢患者における在宅診療を推進している ref 3
多くの国々では、ICPC-2がプライマリケアにおいて採用されている ref 4
この標準化された分類方法は全身臓器や問題領域ごとに17章に分類されたコーディングシステムである ref 5
それぞれの診療において、患者の受診理由、健康問題、介入方法(検査、紹介、処方等)がコード化される。
最初の受診時点から最後の受診時点まで医療従事者により記録される。
例えば、ケアのエピソード分析を用いれば、急性気管支炎の診断がついた患者の受診理由のトップ10や、発熱を主訴に受診した患者の診断とトップ10などを明らかにすることが出来る。
しかし、これまでの訪問診療に関する先行研究では、請求データに基づく2次分析がほとんどであり、ICPC-2による分類は使用されず、ICDによる分類がされることが多かった。
ICDは、確定診断のみに基づくコード分類であり、受診理由は含まない。すなわち、GPの業務をより反映するのはICPC-2によるコード分類である ref 6
日本における先行研究としては、唯一、地方における188人の訪問診療患者の横断研究があるのみであり、導入理由および、健康問題について記載されている ref 7
その中では、心血管系、消化器系、呼吸器系の健康問題がトップ3であった。
しかし、ケアのエピソード分析はされていない。
さらに、研究が実施されたのは1998年であり、現在のように高齢化とマルチモビデティが進んだ状態とは異なった状況であったと思われる。
マルチモビデティは死亡率およびQOLと関連しているが、ref 8
我々が知る範囲では、在宅医療領域でマルチモビデティについて検証した研究は見当たらない。
本研究では、訪問診療におけるマルチモビデティに焦点を当てた。

●目的
本研究の目的は、日本の在宅医療環境におけるGP診療をICPC-2を用いて記述すること、特に、診療理由、健康問題、ケアのエピソード、包括性、そして、マルチモビデティに焦点を当てた。
本研究の結果は、日本における在宅医療のニーズ分析に役立つとともに、同様に高齢化が進国々においても参考となると考えられる。

3 方法・研究デザイン

●研究デザイン 横断研究
在宅医療を提供する11医療機関による記述横断研究を実施した。

●方法
*日本の在宅医療の環境
日本における在宅医療は 隔週で定期的に訪問する 20分程度の滞在 ref 9
定期訪問は、医師と患者間での契約に基づくもの
診療報酬制度は外来診療と同様で患者の経済状況によって1-3割の自己負担がある ref 10
その他の医療費は 健康保険から補填される
在宅医療が提供されるのは主に診療所や病院に通院出来ない患者
患者やその家族は24時間いつでも緊急訪問の以来を医師もしくは看護師に依頼出来る
訪問看護師は、医師の指示に基づき、医療的アセスメントやケアは出来るが、薬剤処方は出来ない ref 11
本研究では、該当する医療機関に所属する認定GP(家庭医療専門医?)が研究に参加した
医師の詳細は表1に記載する通り
訪問診療の頻度については、1週間あたり2-2.5日
認定GPの69.0%による調査結果に基づき
また、医師の90%が隔週訪問を行っている

*患者
本研究に参加した医師が診察した全ての患者を登録

*調査期間
2016年10月1日〜2017年3月31日 (6か月間)

*実施方法
プライマリケア連合学会を通じて、認定GP(家庭医療専門医)を募集
「Transhis」というアプリケーションを用いて、訪問診療患者のICPC-2コーディングを実施した。
「Transhis」はオランダで開発されたICPC-2に基づく電子カルテシステム ref 13
ICPC-2コーディングは日常診療外での作業が必要となるため、本研究開始前に医師がトレーニングを受けた
コーディング標準化のために毎月ウェブミーティングを実施した
トレーニングはプライマリケア連合学会のICPC委員会およびRadboud Universityの支援を得て実施した
全ての訪問診療患者において、訪問理由、介入方法、健康問題を日本語版ICPC-2を元に入力した
コーディングガイドラインは著者らが、本研究のために開発した。
「訪問理由」は、患者の症状・訴えおよび検査、処方などの訪問理由について記載した
一方で、「健康問題」は特異的な診断・疾患について記載した
これらのICPC-2分類はプライマリケアにおける分化不能な問題に適している
本研究では、症状の第一エピソードから症状が軽快するまでを記録した
プライマリケアにおける包括性は、プライマリケアサービスの幅における入手度合いに基づいて評価した。つまり、問題やニーズへ対応する幅広さを表している ref 14
全ての訪問の50%が現在の問題点で説明がつく、もしくは、50個の最もよく見られる健康問題に含まれる割合を包括性の指標とした ref 15.16

*マルチモビデティの定義
マルチモビデティは、過去の先行研究に基づきICPC-2分類における2つ以上の慢性状態により定義した ref 17. 18

*ref 18 2004年の論文 Defining Chronic Conditions for Primary Care With ICPC-2
Julie O'Halloran 1, Graeme C Miller, Helena Britt Fam Pract. 2004 Aug;21(4):381-6. doi: 10.1093/fampra/cmh407.
ICPC-2分類の詳細は引用文献の補足データに記載されている ref 18

*統計解析
性別、年齢別の参加者の記述
スピアマンの順位相関係数

4 結果

1)参加者の概要
研究参加者 250人(3人拒否) 女性146人
65歳以上 92.4%  80歳以上 71.2%
定期訪問 1278回 緊急訪問 110回
全体 7673 訪問理由 5086 健康問題

2)訪問理由 健康問題
・訪問理由 トップ3
 心血管疾患の処方 796回
 心血管疾患の検査・評価 758回
 消化器疾患の処方 554回
・健康問題 トップ3
 便秘 672回
 認知症 537回
 非特異的な経過 526回
・緊急訪問 訪問理由 トップ3
 発熱 24回 死亡確認 16回 呼吸停止 8回
・緊急訪問 健康問題 トップ3
 死亡 17回 急性上気道炎 13回 非特異的な経過 8回
 > 詳細はSupplementary File 1.へ
・訪問理由 健康問題 臓器別・問題領域別の棒グラフ
 > Figure 1a 定期訪問
   Figure 1b 緊急訪問
・新規のプロブレムで最も多いのは咳・喀痰症状
・訪問理由に対する診断 トップ3 > 表2に記載

3)訪問診療の包括性
11種類の健康問題について全ての訪問の50%で対応されていた。
11種類の健康問題については下記に示す通り。
These 11 problems were as follows: 'prescriptions' for cardiovascular, gastrointestinal, endocrine, neuropsychological or musculoskeletal diseases (four problems); 'medical examination/health evaluation' for cardiovascular, gastrointestinal, endocrine, neuropsychological or musculoskeletal diseases (four problems); and administrative procedure (one problem).

50個の最もよく見られる健康問題に含まれる割合は83%であった

4)マルチモビデティ

トータルで135人(53.0%)はマルチモビデティであった。78人が女性。
2つ 56人(42.1%) 3つ 34人(25.6%) 4つ 17人(12.8%) 5つ以上 26人(19.5%)
慢性状態と年齢の間には統計学的な有意差はなかった(スピアマンの順位相関係数)

図2は、慢性状態と年齢の関係性を示した図である。

マルチモビデティ状態患者における健康問題 トップ3
認知症 49人 非複雑性高血圧 37人 脳血管障害 27人

マルチモビデティ状態患者における臓器別・問題領域
心血管疾患 138人 内分泌 61人 神経精神 55人 筋骨格 29人 消化器 23人

図3 それぞれの臓器障害別・問題領域別の組みあわせを図示
丸の大きさは患者数を示す

5 考察

1) 研究結果のまとめ
本研究では、日本の在宅医療の環境における訪問理由、健康問題、マルチモビデティについて記述した。
ほとんどの患者が65歳以上であり、訪問理由の最大の理由は、心血管疾患もしくは消化器疾患の定期処方であった。
全体の8%が緊急訪問であった。
患者の半数はマルチモビデティ状態であり、その最も多い組み合わせは、心血管、内分泌、神経精神プログラムであった。

2)患者の特徴
65歳以上患者が92.4% これは、日本における先行研究と同程度である
英国およびオーストラリアでは、68%と60%であった ref 19,20
本研究と比較すると、高齢患者割合は、英国およびオーストラリアよりも高い割合であった。単純に比較は出来ないが。
英国およびオーストラリアの患者分布は2峰性であった 小児と高齢患者
ヨーロッパ、北米、オーストラリアでは、医師による訪問診療は減少傾向にある。
その理由は、コストの高さ、時間が限られている、医療従事者の安全確保が困難だからである。その代わり訪問看護などの他職種の訪問が増えている。 ref 19-24
一方で、日本における訪問診療患者数は増加傾向である。 ref 25
これは日本の医療政策として高齢者への訪問診療を推進していることで説明がつく。
日本における在宅医療の研究では、医療費増加に関連しているとの報告もある。 ref 26 (金城先生)

3)訪問診療の特徴
それぞれの訪問における平均プロブレム数 3.86 日本の先行研究では1.99であった
20年前と比較して、現在の訪問診療では扱うプロブレムが増えている
ケアの包括性が増している
他の理由としては、日本においてマルチモビデティ状態患者の管理にGPが重要な役割を担っているとも考えられる。 ref 28
日本では、医師主導での訪問診療が推奨されているが、これにより死亡率低下や、予定しない入院が減少したかについてはわかっていない ref 29
今後の課題として、医師主導での訪問診療が患者アウトカムを改善させるかについて評価を進めていくべきである。

緊急訪問は8%であった。
横林らによる前向き研究では、訪問診療患者の1/3が1年以内に発熱する ref
発熱は最も多いプロブレムである。
在宅医療における発熱患者への対応 検査が限られている
本研究では、緊急訪問の最大の理由が死亡確認であった。死亡場所の選択は、患者の希望だけでなく、家族の意向、医療者のキャパシティーにもよる。 ref 31,32
訪問診療におけるGPの役割は、診断することだけではなく、患者および家族のおかれた環境をケアしていくことの重要性が指摘された。

臓器別 トップ3
心血管疾患、消化器、精神神経であった。
日本における先行研究では、心疾患、消化器、呼吸器であった。
英国、ドイツでも 心血管疾患、呼吸器疾患はcommonであった。
認知症は本研究の精神神経疾患で最も多かった 高齢化の影響を示唆

包括性の指標 米国の先行研究と比較 ref 14
本研究では、11の健康問題で50%を説明
先行研究では、26健康問題で50%を説明
本研究では、50個の最もよく見られる健康問題に含まれる割合は83%であったが、先行研究では、64%であった。
これらの比較では、本研究の包括性はアメリカにおける先行研究と比較して、低いと考えられた。

この理由として、本研究の患者はほとんどが高齢患者であり主な訪問理由が慢性疾患の管理であるため、産婦人科、小児科等の診療がほとんどないから
この結果、日本で訪問診療を行うには、比較的よくみられる訪問理由にフォーカスしたトレーニングを受けることで効率的である。
本研究では、ICPC-2コード分類を採用したのでGPが在宅医療での診療の幅を評価するのに有用であった。
認定GPによる包括性の記述は医療政策者にとって今後の在宅医療の重要なステップとなる。
今後の研究課題として マルチモビデティ患者と訪問診療との関連性について検討していくべき

4)マルチモビデティ
訪問診療におけるマルチモビデティに焦点をあてた初めての研究
近年の日本報告では、患者自己申告によるマルチモビデティ有病率は62.8%であった ref 34 (青木先生)
この先行研究と比較して、本研究では、ICPC-2をもとにマルチモビデティを定義し、53.7%であった。先行研究よりは低い結果であった。
この理由としては、データ収集方法の違いが影響している。
認知症患者などのコミュニケーションが難しい患者では、十分な病歴がとれていないことにより過小評価の可能性が否定できない
一方で、自己申告であれば小さな症状に対しても過大報告している可能性がありうる。
図2では、年齢上昇とともに慢性疾患の個数が増える傾向が見られた。
スイスにおける先行研究でも同様の傾向 ref 17
しかし、本研究のデータと比較すると、どの年齢群においても、マルチモビデティ状態患者の割合は先行研究より高かった。
にもかかわらず、本研究では、統計学的な有意な相関は見られなかった。
この要因として、「健康な生存者効果」の可能性が考えられる。 ref 36

2014年のシステマティックレビュー ref 37
3つのマルチモビデティパターン
心血管疾患+代謝疾患、メンタルヘルスプロブレム、筋骨格の病気
本研究の結果も類似していた。
カナダの老人ホームにおける研究報告も類似していた
これらの結果から、認知症患者は訪問診療を受ける割合が高く、マルチモビデティ有病率が高いという結果を示している。

5) 長所と限界
@長所
ICPC-2を用いた 他施設研究
マルチモビデティについて検証した初めての研究

@限界
1点目 患者登録およびコード分類は医師の判断で行っている
それにより、複数の医師がコード入力することが出来ない。特に、患者の主治医でない場合に緊急訪問があった場合に、入力されていない可能性がある。

2点目に、いくつかの医療機関からの参加をいただいたが、本研究は、募集をかけた医師の自発的な参加によるものであること。
これにより、本研究の結果を他のセッティングに外挿するときには注意が必要。
家庭医療専門医の数は非常に少ない。
日本の在宅医療においては、内科研修をベースにした医師が大きな役割を担っている、 ref 40
解釈には注意が必要 今後家庭医療専門医が増えれば結果の一般化が可能となるだろう。

6 結論

本研究では、日本の在宅医療におけるGP診療について記述した。
訪問診療理由の最も大きなものは、慢性疾患に対する処方・検査であった。
一方で、緊急訪問は全訪問の8%しかなかった。
全患者の約半数がマルチモビデティであった。
このような情報は、GPおよび政策決定者にとって医師主導型訪問診療の患者ニーズを評価するのに役立つと思われた。

7 日本のプライマリケアへの意味

*研究協力者が全て家庭医療専門医によるリサーチ
 ケアの質が担保されている

*在宅医療の日本の現状を非常にわかりやすく説明している
 慢性疾患の処方・検査が最も多い

*1998年の先行研究との違い(20年間)

*記述疫学の重要性
 今後の観察研究 介入研究のベンチマークとなる研究
 > 非常に意義深い

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学