高齢者における潜在的な不適切処方:一般人口におけるコホート研究(2020年第2回RJC#2)

ジャーナルクラブ 第2回
2020/05/07
高橋亮太

1 タイトル

「高齢者における潜在的な不適切処方:一般人口におけるコホート研究」
Potentially inappropriate medications in older adults: a population-based cohort study
Barbara Roux, Caroline Sirois, Marc Simard, Marie-Eve Gagnon, Marie-Laure Laroche
Fam Pract, Volume 37, Issue 2, April 2020, Pages 173-179, https://doi.org/10.1093/fampra/cmz060

カテゴリー research journal club
キーワード 
Beers criteria ビアーズ基準
community dwelling 地域在住
older adults 高齢者
pharmacoepidemiology 薬理疫学
polypharmacy ポリファーマシー
potentially inappropriate medications 潜在的な不適切処方

2 Key Messages

・ケベック(カナダ)の地域在住高齢者の約半数が潜在的な不適切処方(PIM)に曝露されている。
・ポリファーマシー状態およびmultimorbidity状態の患者はPIMのリスクが高い
・公衆衛生的には、PIM処方を制限し、処方減らすことが最重要である

3 背景・目的・仮説

●背景
高齢化に伴い、慢性疾患が増加し、高齢者は複数の薬剤処方を受けることになる。
これにより、潜在的な不適切処方(PIMs)のリスクが高まる(ref 1)

PIMsとは、期待される効果よりも副作用のリスクが高く、高齢者は避けるべきであり、特に、同様の状況におけるより安全な代替処方が可能なものである(ref 1)

PIMsは、避けられる薬物副作用(ADRs)と関連しており(ref 2-3)、負の健康アウトカム(入院、死亡率、医療費高騰)と関連している。(ref 4-6)

高齢者におけるこれらの負の健康アウトカムを避け、処方の最適化を行うため、いくつかの国ではPIMsを検出するためのスクリーニングツールを開発している(ref 7-8)例えば、ビアーズクライテリアもその一つである(ref 9)

プライマリケア環境においては、医師は高齢者における複雑な治療をマネジメントする上で重要な役割を担っている。

彼らはときにPIMs処方をしなければならない状況におかれる。通常よく処方される薬剤処方の5分の1が、不適切処方と推測されている(ref 10)

しかし、この推測では限定的なままである。これまでにもいくつかの先行研究において、2015年のビアーズクライテリアをもとに、地域在住高齢者におけるPIM処方状況(ref 11-18)および関連因子(ref 17-19)を検証した報告があるが、そのうちの1つだけが、高齢者一般人口の巨大コホートをもとにした報告(リトアニアにおける)であった。(ref 11)

カナダのケベックにおいては、自動的に65歳以上高齢者一般人口における適格性および許容性のある薬剤処方状況が、100万人規模の巨大コホートが存在する。

ケベックにおける公衆衛生的な視点から、地域住民におけるPIM処方と関連因子の具体的な全体像を得ることは最重要である。

これがわかることで、対象を絞った介入へと実践することが可能となり、さらにそれらの効果が時を超えて評価することも可能となる。

●目的

本研究の目的は3つある。
1)PIM処方の有病率を提示すること
2)最も多く処方されているPIMを明らかにすること
3)PIM処方と関連因子を明らかにすること
である。これらの3つを公衆衛生システムから得られた66歳以上の地域在住高齢者の巨大コホートから検証していくことである。

4 方法・研究デザイン

●研究デザイン 縦断研究

●方法
1)Study design and population
後ろ向きコホート研究
QICDSSデータベース
Quebec Integrated Chronic Disease Surveillance System (QICDSS) database (ref 20).
2014年4月1日〜2016年3月31日まで ケベック州在住
慢性疾患をもつ全ての個人および慢性疾患を発症するリスクのある全ての個人
> すなわち、65歳以上全人口の99%以上を含む
本研究では、研究期間における公的健康保険の対象となっている66歳以上の高齢者を対象者集団(コホート)とした。
除外基準
・介護施設入所者については処方箋請求情報が入手出来ないので除外
・研究期間に死亡した人は、終末期状態にあり処方の適切性が判断出来ないので除外

2)Data sources
QICDSSは5つのデータベースとリンクしている(ref 20)
・健康保険登録
・入院登録 (MED-ECHO),
・死亡データベース
・医師請求情報データベース
・ケベック健康保険組合(RAMQ) 薬物処方データベース
また、患者に関する情報として
・人口学的および地理情報
・入院期間
・処方内容の情報(RAMQ)
も含まれる

本研究における慢性疾患情報はQICDSSによってモニターされている。
高血圧、心血管疾患(虚血性心疾患、心不全)、糖尿病、呼吸器疾患(COPD、ぜんそく)骨粗鬆症、精神疾患(不安障害、統合失調症)、アルツハイマー病

それぞれの慢性疾患の診断は、ICD-9もしくはICD-10に基づくものであり、入院情報および医師請求情報データベースに基づくものである。

PIMsに対する適切処方を判断するために、心房細動と双極性障害を追加収集した。心房細動は心血管疾患に、双極性障害は精神疾患に追加した。

3)PIM exposure
PIM被処方者の定義は、2015年4月1日〜2016年3月31日までの間に少なくとも1回以上PIMを処方されたものとした。
米国老年学会のビアーズクライテリア2015年度版をもとに収集した。(ref 9)
薬剤は、一般名と商品名のそれぞれでRAMQデータベースより抽出した。
いくつかのPIMsについては、それぞれの処方状況の評価が必要であった。例えば、PPIは56日間を超えて使用されるとPIMと定義される。また、NSAIDsは慢性使用であればPIMと分類されるため、本研究では90日間を超える継続処方と定義した。
これらの2つの薬剤における治療期間を判断するために、「許容できる処方ギャップ」(最終処方と新規処方の間)を15日間以内として、それ以内の処方は継続処方と判断した。

4)Covariates
調査対象者の人口学的地理的情報として性別、年齢、都市度、婚姻状態、社会的剥奪指数を収集した。地方(人口1万人以下)都市部(人口1万人以上)は郵便番号コードをもとに判断した。
社会経済的状況は、婚姻状態と社会的剥奪指数により定義された。
慢性疾患個数は2015年4月1日時点での疾患数を計算した。
処方薬剤個数は、2014年4月〜2015年3月までの一年間の処方請求情報データベースを元に算定した。

5)Statistical analysis
記述統計で調査対象者の特徴を記載した。
カテゴリー変数にはカイ2乗検定、連続変数には、マンホイットニー検定で評価した。
PIM使用に関連因子の検証として、ポワソン回帰分析を実施した。
モデル1では、性別、年齢、都市度、婚姻状態および社会的剥奪指数、慢性疾患数、処方薬剤数のそれぞれの変数とPIM処方についてRRを算出した。(その際に、それ以外の変数を調整した。)
モデル2では、モデル1のうち、処方薬剤数の変数を除いてそれ以外の変数で調整した。
(PIM処方と慢性疾患との関係について、処方薬剤数と独立した影響を測定することが可能)
同様に、個別の慢性疾患とPIM処方についての関連性を検証するモデル3およびモデル4を実施した。
分析結果は、rate ratio RRで記述し、95%信頼区間を示した。
有意水準は P < 0.05 とし、分析は統計ソフトSASにて行った。

5 結果

1)研究参加者の特徴 表1
1,105,895万人の高齢者が対象となった。
平均年齢74.9歳、56.4%が女性、77.4%が都市部居住。
86.2%が少なくとも1つの慢性疾患をもつ、17.6%が4つ以上の慢性疾患を持つ。
頻度の高い併存疾患は、高血圧、心血管疾患、骨粗鬆症であった。
平均処方薬剤数は8.4個。72.5%が5個以上、36%が10個以上の薬剤処方がみられた。

2)PIMs被処方者の有病率 表2
全体の有病率は48.3%であった。
PIM被処方者のうち、62.6%が1個のPIM、37.4%が2個以上のPIMであった。PIM被処方者の方は処方薬剤数が有意に多い結果であった。
PIM処方者の有病率は女性が男性よりも優位に高かった。
最もよく処方されているPIMは、ベンゾジアゼピン(25.7%)、PPI(21.3%)、第1世代および第2世代の抗精神病薬(5.6%)、抗うつ薬(5.0%)。長期作用のSU剤(3.3%)であった。
最もよく処方されているPIMは、主に女性によって使用されている傾向があった。長期作用SU剤、α1ブロッカー、短期間作用ニフェジピン、NSAIDなどは男性の方がより多く使用されていた。

3)PIM処方に関連する因子 表3
モデル1の分析結果として、関連因子として2つの因子が強く関連した。女性であること、薬剤処方数が多いこと。
モデル2の分析結果としては、慢性疾患数はPIM処方と強く関連した。同様の結果がモデル3、モデル4でも見られた。(補足資料表3)
モデル4の分析結果では、全ての慢性疾患がPIM処方リスクを高める結果であった。特に、精神疾患が最も関連が強かった。
高齢と、地方居住とPIM処方との関連は多変量解析において、やや関連が見られた。一方で、婚姻状態および社会的剥奪指数は結果が一致しなかった。

6 考察

1) 研究結果のまとめ
本研究の結果では、地域在住高齢者におけるPIM処方の有病率は48.3%と高い結果であった。ベンゾジアゼピンとPPIが最も頻度の高いPIMであり、女性、複数の慢性疾患、特に精神疾患、そして、複数の薬剤処方を受けているものはPIM処方のリスクが高まることが明らかとなった。

2) 先行研究との比較
他の国での先行研究と比べて、本研究のPIM処方有病率は高い結果であった。
ヨーロッパ地域在住高齢者におけるPIM処方割合 22.6%(ref 1)リトアニアにおける先行研究(ビアーズクライテリア2015年度を使用)25.9%(ref 11)
米国 29%、ドイツ 23.1% など
一方で、本研究と同様の有病率の研究報告もある。
ブラジルにおける60歳以上227人の調査では、53.7%であった。(ref 15)
カナダにおいての先行研究と比べると高いPIM有病率であったが、その要因として、ビアーズクライテリア2015年度にはPPIが含まれていることが考えられる。

女性、高齢者、慢性疾患数、薬剤処方数がPIM有病率と関連した。過去の報告でも同様の報告が多い。(ref 1,11,12)
女性が高いPIM処方の用意として、男性よりも医療資源利用が多いということが考えられる。(ref 27)
高齢者はPIM処方と関連 multimorbidityおよびポリファーマシーの交絡の可能性
ポリファーマシーはPIM処方の最も重要なリスク因子と報告されている(ref 1)
これは多疾患併存と関連する。
精神疾患とPIM処方の関連性 ベンゾジアゼピン、抗うつ薬などが処方される可能性が高まるからであろう。

3)PIMの役割
PIMの概念が幅広く知られるにつれて、その概念は平凡化し、制御可能な潜在的な薬剤副作用は発生しにくくなった。
例えば、PPIは長期連用しても高い安全性があると信じられていて、実際に高齢者において発生している骨折やCD腸炎感染は見えにくくなっている(ref 28)
これらは、本研究および他の国々での研究結果によりPPIの高い処方率により裏付けられている。GPにおけるPIM処方についての教育を推進し、注意喚起することが重要である。
適切な処方は、老年医療ケアにおける重要な部分であり、プライマリケア環境において非常に良く見られる(ref 29)
さらには、患者医師コミュニケーションは慢性的なPIM処方と関連する(良い忍容性と副作用懸念が減る)。これによりベンゾジアゼピンの高い処方率につながる。
そういうわけで、患者もまた、PIM処方に関してその潜在的な害を注意喚起する役割をもち、医師との間の意思決定支援において重要である。

4) 長所と限界
*長所
大きなサンプルサイズ
100万人規模の巨大コホート

*限界
処方に関するデータベースをもとにした研究であること
払い戻しされていない薬剤請求、非処方薬(OTC)については含まれていない。
介護施設における薬剤処方の情報は含まれていない。
QICDSSにおいては、臨床現場における治療適応、生物学的結果についての情報は含まれていない。これらにより、PIM処方を過小評価している可能性がある。
請求情報データベースを元にしており、実際に患者さんが内服したかどうかは不明である。
また、臨床場面でどのような理由でPIM処方されたのかは不明である。

7 結論

・ケベックにおける高齢者の約2分の1がPIMに曝露されていた。
・適切な処方を行う公衆衛生的なニーズが存在することを示唆している。
・最適化した薬物療法を行うための介入を実践すべき
・特に、女性、multimorbidity患者、精神疾患患者、ポリファーマシー患者などのハイリスクグループを介入対象にすべき。

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学