プライマリケアにおけるmultimorbidity患者の有病率、特徴、パターン分析:カナダにおける後ろ向きコホート分析(2019年第9回RJC)

ジャーナルクラブ 第9回
2019/09/02
高橋亮太

1 タイトル

「プライマリケアにおけるmultimorbidity患者の有病率、特徴、パターン分析:カナダにおける後ろ向きコホート分析」
Prevalence, characteristics, and patterns of patients with multimorbidity in primary care: a retrospective cohort analysis in Canada
Kathryn Nicholson, Amanda L Terry, Martin Fortin, Tyler Williamson, Michael Bauer and Amardeep Thind
British Journal of General Practice 2019; 69 (686): e647-e656. DOI: https://doi.org/10.3399/bjgp19X704657
カテゴリー research journal club
キーワード electronic medical records epidemiology longitudinal study multimorbidity
multiple chronic conditions primary care

2 背景・目的・仮説

●背景
複数の慢性疾患が一個人に併存している状態 multimorbidityと定義されている
プライマリケアにおいては例外ではなく、通常の状態である
そして、現代医学において複雑な課題として存在している (文献1-6

multimorbidityの健康影響については、
・入院の回数増加、長期化 (文献7-10
・身体機能の低下 (文献11-14
・有害なポリファーマシー (文献15-20
・患者安全 (文献9.13.21-22
・QOL低下および治療負担増加 (文献6.8.23-25
・医療コストの高騰 (文献13.26-28
・死亡率上昇 (文献9.29-30
が先行研究から示唆されている。

どのようにmultimorbidityが時間を超えて発生していくのか、メカニズムに関するより強固な研究成果が報告されてきている (文献1.6.26.31-33
しかし、まだ十分な増加現象の理解にはいたっていない。
理解を進めるためには単純にmultimorbidity有病率を計算するものではなく、縦断的な発生パターンを検証することが必要である

これまでの先行研究では、計算方法の複雑さから最もよくみられている2つもしくは3つの組み合わせを検証するものが多かった。 (文献1.34-36
しかし、これらの研究結果からのエビデンスは限定的であった。その理由として、multimorbidityにおける複雑性は単純な2つおよび3つの組み合わせでは説明がつかない現象であったからである。
これらの研究結果から、すべてのユニークな疾患組み合わせを検証し、どのような経路で診断されるのかを検証する研究が必要と考えられた。

●目的
本研究の目的は、multimorbidity状態である患者の有病率と特徴を明らかにすること、さらに、プライマリケア患者におけるmultimorbidityのユニークな疾患組み合わせ(特別な経路で区別しない)およびユニークな疾患組み合わせ(特別な経路を同定する)を明らかにすることを目的として実施した。

3 方法・研究デザイン

●研究デザイン 後ろ向きコホート分析

●研究対象者
・カナダのプライマリケアデータベース 電子カルテデータから抽出
 Canadian Primary Care Sentinel Surveillance Network (CPCSSN)
 カナダ全土における縦断的な臨床データベース (文献37-40
・本研究は後ろ向きコホート分析 1990-2013年まで
・研究プロトコール (文献41
・抽出基準
 CPCSSNデータベースに登録され、研究参加に同意したもの
 1回以上受診した 18歳以上の成人
・除外基準
 18歳未満 研究参加に同意しないもの

●方法
*慢性疾患およびmultimorbidityの定義
 電子カルテデータにおける診断コード
 ICD-9を採用
 慢性疾患リスト(20個)のうち該当する個数を算定する
 この慢性疾患リストは過去の研究でプライマリケア患者における妥当性を検証されている (文献43
 先行研究をもとに2つのmultimorbidity定義(2個以上、もしくは、3個以上)を採用

*データ収集および分析
 CPCSSNデータベースから、8つの州における電子カルテデータを抽出
 記述疫学を実施 2個以上 もしくは、 3個以上

 ユニークな疾患組み合わせ(順序を考慮しない)およびユニークな疾患組み合わせ(順序を考慮する)を同定するためのコンピューター分析
 > Multimorbidity Cluster Analysis Tool (文献44

4 結果

1)multimorbidity有病率と特徴
 図1 最終的に 367,743人の成人患者が研究対象者
 表1 multimorbidity2個以上 195,838人(53.3%)
    multimorbidity3個以上 121,864人(33.1%)
    multimorbidityの特徴
    > 最も大きい割合は、45-64歳の年齢群であった
 図2 性別、年齢群別での層別化結果
    > 年齢上昇とともに有病率が増加する 男女ともに

2)疾患組み合わせの総数 図3
  疾患組み合わせ(順序を考慮しない)
   multimorbidity2個以上 6075パターン 女性 4296パターン 男性
  疾患組み合わせ(順序を考慮する)
   multimorbidity2個以上 14891パターン 女性 9716パターン 男性
   最も組み合わせの総数が多かったのは 65-84歳の年齢群であった
   > 65-84歳の年齢群が複雑性あることを示唆する

3)疾患組み合わせパターンの詳細 表2、表3
 最も多い組み合わせパターンの詳細を記載 multimorbidity2個以上
 女性 順序なし AD(不安もしくは抑うつ)+OB(肥満)
    順序あり AD→OB
 男性 順序なし HT(高血圧)+OB(肥満)
    順序あり MP(筋骨格系疾患)→OB
 その他 若年者の傾向 AD+OB

4)個別の慢性疾患の有病率
 最も高い有病率 OB、HT、MP、ADの順

5 考察

1) 研究結果のまとめ
 本研究はmultimorbidity研究において、国レベルの縦断的な臨床データベースをコンピューター分析手法を用いて、疾患組み合わせを検証した初めての研究と考える。
 成人プライマリケア患者におけるmultimorbidity有病率は、2個以上で約半分、3個以上で3分の1であった。
 それぞれの定義において最も大きい割合であったのは、65歳未満の年齢群であった
 特徴的な疾患組み合わせが見られた
 単純な2つおよび3つの疾患組み合わせだけではない深いレベルの考察が必要とされる
 いくつかの慢性疾患組み合わせは臨床的な論理性が考えられた。

2) 長所と限界
・長所
 縦断的な臨床データベース 
 時代を超えた頻度およびまれな臨床経過の分析を可能とする
 コンピューター分析からの結果は他の環境に適応出来る可能性がある

・限界
 CPCSSNデータベースでは。multimorbidity分析に必要な変数に関する情報を十分に得られない 患者の重症度、セルフマネジメントの状況など
 慢性疾患が治療中なのか安定しているのかが不明
 有病率の推定に誤差が生じる可能性
 電子カルテデータを使用することでの誤分類
 これは電子カルテデータをもとにした疫学研究における重要な課題である (文献45-47

3) 先行研究との比較
 multimorbidity有病率の推定 これまでに多くの先行研究がある
 英国 58.0% (文献26
 米国 45.2% (文献48
 豪州 47.4% (文献49
 その他 高齢者 女性で有病率高い (文献50-55

 高齢化に伴いmultimorbidityは増加するが、最も大きい有病率は65歳未満
 この所見は先行研究でもみられた (文献56
 multimorbidityはもはや高齢者における問題ではなく、若年者から適切にマネジメントしなければならない状態である (文献26.51.56-57

 ドイツの研究 (文献58
 有病率の推定と疾患組み合わせ > 今回の研究と研究デザインが似ている

4) 研究の方向性
 本研究のような疾患組み合わせを深く検証する研究は重要 (文献1.59
 特定の年齢群におけるmultimorbidityの「型」を検証すること (文献60-63
 本研究で得られた所見を 効果的な患者マネジメント テーラーメイドの患者アプローチ 統合された保健サービスの提供 の目的のために再検証すること

 現時点では、本研究の結果は、multimorbidity患者の複雑性における経験的なエビデンスを提供した段階であり、臨床的なケアにおける個別化された患者中心のケア提供を目的としたリサーチおよび実践が必要である

6 日本のプライマリケアへの意味

・カナダ 国レベルでのプライマリケア患者データベースの存在
 日本にも必要 プライマリケアのエビデンスを構築するためにはプライマリケアのデータベースが必要

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学