在宅X緩和ケア勉強会「スピリチュアルペイン」

「在宅x緩和ケア」シリーズとは、在宅医と緩和ケアチーム(PCT)スタッフが、毎回異なるテーマに関して、事前資料やスライドをほとんど使わずに、リアルタイムでディスカッションを進めていく"即興"形式の勉強会です。
今回は「スピリチュアルペイン」というテーマのもと、疼痛緩和ケア科蔵本浩一Drに進行役を担当いただき、瀬良信勝チャプレンの講義をもとに、以下のようなディスカッションの流れになっていきました。

  • チャプレンについて
  • 各々の在宅におけるスピリチュアルペインだと思った症例の共有
  • スピリチュアルペインについて
    →当院チャプレンがアメリカで研修を受けていた際の経験では、日本で語られるような"スピリチュアルペイン"だけを抽出する形で語られることは少ないと。日々の臨床感覚からも、スピリチュアルペインは、「身体的痛み」、「精神的痛み」、「社会的痛み」と絡まって表出される印象が強い。
  • 村田理論によるスピリチュアルペインの紹介
    →医療モデルと同じなので医療者には理解しやすいものとなっている。ファーストステップとしての知的理解には有効。
    →スピリチュアルペインは「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義し、「時間存在」「関係存在」「他者存在」の3つの視点から構造を明らかにする。
  • 辛さは取り除くものか?
    →普通の感覚では取り除いてあげたい
    ⇒辛さが「症状」による場合は、取り除く、緩和する、軽減する方向。
    ⇒辛さが「意味・価値」による場合、「取り除く」ではなく、「関係性で支える」という視点
  • レクチャーを聞いた上での疑問やディスカッションの共有
    ディスカッションの中では以下のようなコメントがありました。

    ・「頭の整理になった。スピリチュアルケアって何ですか?と質問を受けた時に、村田理論は言語化しやすくわかりやすいなと思ったが、一方で枠組みしてしまうことの難しさも感じていた。そこから漏れるものはどう扱えばいいのか、どうやってカルテやdiscussionで共有するかが難しいと思った」
     →チャプレンはカルテでスピリチュアルケアを具体的に表現することを避ける。主観のやりとりなので客観的な事実を書くことが主となるカルテ記載は向いていない。適切に表そうとすると小説のような文章になってしまう。(空気感や状況など含めて)Sに簡潔に表記するにとどめる。「情報」として共有すると誤解が生じる可能性があるので、臨床の場の空気を共有できていることは前提にその場にいるスタッフと口頭での共有となるか。そもそも関わり方に正解がなく、違う人が関わると違う関わりになるので。

    ・「身体的苦痛とスピリチュアルペイン」
     →身体的苦痛が緩和できないことで「死にたい」と訴える患者の場合、身体的苦痛の緩和が優先。身体的苦痛が緩和されることで「死にたい」との訴えがなくなる場合は多々ある。一方で、今の痛みのことしか考えることができない身体的苦痛状態が緩和されると、いろいろなことを考えることができる余裕ができ、そのことで、これからどうやって生きていったら良いかを悩み始めるといった意味で"スピリチュアルペイン"が表出されるようになるかもしれない。疼痛がコントロールされることでスピリチュアルペインの表出が始まる、といったことがある。

    ・「精神的苦痛とスピリチュアルペインが混在した場合のアプローチ。」
     →オーバーラップすることがある。訴える症状が精神症状かどうかでも変わる。精神的なアプローチの方が優先されるかどうかということ。例えば、遺族ケア外来では、喪失体験を契機として心のバランスを崩した場合、ほぼほぼスピリチュアルケアを主とした関わりとなるが、そうでなく、喪失体験はあるが、そもそも精神疾患や性格的な偏りを持つ人の場合、悲嘆に焦点が当たりにくく、精神疾患の方にウェイトが強くなるのでアプローチがよりカウンセリング的になる。

    ・「チーム医療の際に場の設定が難しい。チャプレンとして工夫されていることはあるか?」
     →初回設定は意識する。例えば、遺族ケア外来では医者とチャプレンの2人で診察するということがデフォルト。初回からそれだと遺族もその心積もりでいる。もし初めに1対1の関係性を作ってしまった場合、別の一人が次の機会に新たに診察室に入ってきたら、遺族は以前のように話をすることに躊躇する可能性がある。
     あと、チーム医療では自分の経験を相対化できる感性があった方がいい。自分が聞いた患者の話や見た様子が他のスタッフが聞いたその患者の話や見た様子とが違った場合、どちらが本当の患者なのかという視点ではなく、患者には多面性があり、自分との関係で現れなかった側面が、他のスタッフとの関わりに現れていると理解する態度が望まれるか。

    ・「スピリチュアルペインをもった方にどういう風に声かけしていくのか?」
     →前提として、相手の抱えている悩みが問題解決可能なら、積極的に技術・知識を用いて解決を図る。所謂「問題解決思考(doing)」。しかし、大切な人を失う喪失体験にともなう苦悩や、自ら死に向かっていく時のやるせなさなど、解決の対象となりにくいスピリチュアルペイン(意味や価値や関係性の領域)に対しては、「寄り添い(being)」という視点が重要になる。そのため、苦悩ややるせなさの根底にある無力感を覚えている人へには、問題を解決する姿勢ではなく、同じく無力感を覚えながらその人の傍らに寄り添うことで、その人が孤立無援で一人ぼっちに感じないでいることが大切となる。このあたりの感性は、「問題解決思考」に馴染んでいる者からすると違和感があるかもしれない。
     スピリチュアルペインを抱えていそうな患者に「何もできなかったんです」とデスカンファレンスで後悔していると吐露する看護師たちがいる。その看護師たちは、しばしば患者が心身ともに辛い時に背中をさすったり、手を握ったりしている。死を前にして解決しようのない苦悩を患者が感じている傍らで、その看護師たちはdoingが出来ないことで後悔するが、その患者が孤独にならないようにbeingとしての寄り添いは自然に行っている。ただ、もしこの看護師たちの背中をさするや手を握る行動をスキルにしてしまうと大切なものが抜け落ちてしまうことになるだろう。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
在宅診療科 部長 大川 薫

【専門分野】
家庭医療学 在宅医療