自転車を追い越すとき2

 自転車の運転者が自動車の警笛で振り返るとどうなるか。音のする方を振り返り首がそちらを向くとTonic Neck Reflex のプログラムコールがかかる。これは止むに止まれぬ反射であるからしかたがない。音のする方の腕は伸びる。同じ側の脚も伸びる。反対側の腕は縮む、脚も縮む。自転車は速度を失い、音のする方と反対側にハンドルは曲る。転倒の危機が待っている。しかも悪いことに重心は音のする方向に移動している。全てが悪い方に転がり、あわれ自転車の運転者は自動車の直前に倒れ込む。

 野球のコーチは体の正面で捕球しろと言う。これは生理学的な必然性では無く、体を楯にした戦術上の必然性が主な理由のようである。落球しても体の前に落とせば、走者一掃のランニングホームランにはならない。しかし正面に飛んできた球が一番捕らえ難い。左右の Tonic Neck Reflex を同時に働かせるのは至難の技である。視野の右半分は左の脳に、左半分は右の脳に投影されていることは既に述べたが、視野の右半分から飛んできた球に関する情報は左の大脳が受け持つ。そして首を右に向け、脊髄反射を呼び出す。ところが実は視野の中央の狭い部分の情報は黄斑線維と呼ばれる視神経を伝わり、左右の分離が完全では無く、いずれの脳にも投影されている。ここに投影された映像は左右の脳に優先権を生まない。その情報で運動する場合は、左右の脳が譲り合いをしそうである。

 しかし譲り合いこそ儒教精神からの美徳としての意味では無く、自分が加害者にならないための防御の基本であることを噛みしめたい。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療