腱反射1

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」 
「ヒトはヒトの上にヒトを乗せてヒトを作った」 
「ヒトはヒトを傷付けてはならない」
「ヒトはヒトを殴ってはならない」

 唯一これを行っても罰せられない職業がある。医者である。外科医は病気を取り除くためにメスを振るう。病気を診断するために、打腱器というハンマーでヒトを殴る。いわゆる脚気の検査と言えばお分りだろう。

 腱反射とは筋肉の付け根である腱をハンマーで叩打し、その筋肉が反射的に収縮する状態を観察する検査である。臨床実習に回ってくる医学生に腱反射の生理学的な意義について質問すると、残念ながら殆どの学生はシドロモドロである。彼らは傷害罪で訴えられれば敗訴する。

 今はなき中根銀二氏の持論は「群ではどの一匹を取ってきても他の一匹と同じである」と。雌が優れた雄を選ぶと言うダーウィニズムに真っ向から反論した。ヒトは顔つきでその人の名前を思い出す。しかし姿形は微妙に異っていても神経機構はヒトでは極めて類似している。群としての特徴と言えよう。脊髄はどの個体をとっても同じ様に見える。

 脊髄は昔ムカデであったそのままで、第5番目の足は頭から数えて第五番目の脊髄に支配されている。もっともこの神経の集団はムカデのように神経節(Ganglion)として独立せず、一連の構造物として一本の脊髄の中に収められている。こうした順位を脊髄髄節高位という。頚髄は8髄節、胸髄は12髄節、腰髄は5髄節、仙髄は5髄節からできている。すなわち、腕を曲げる上腕二頭筋は主に第五頚髄に支配され、肘を伸ばす上腕三頭筋は第七・第八頚髄、膝を伸ばす大腿四頭筋は第二〜第四腰髄、アキレス腱で有名なヒラメ筋・腓腹筋は第五腰髄と第一仙髄と言った具合である。

 腱反射で腱を叩くのは、痛みで患者さんが顔をシカメルかどうか見ているのではない。腱を叩打すると、その腱に連なる筋肉は、瞬時にして引き延ばされる。サーボメカニズムの登場である。筋紡錘は引き延ばされ、その情報を脊髄に送る。脊髄内では筋紡錘から上ってきたグループIa線維は脳へ情報を送ると同時に、脊髄前角細胞に興奮性の情報を伝達する。一本のグループIa線維は数百の前角細胞に情報を伝達し、逆に一個の前角細胞はまた数百のグループIa線維の情報を受け取る。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療