カタパルト2

 著者は、幸運にも(留学生試験に合格したとき、「あの子は運がいいから」と母親が言った)ブリティシュカウンスルの奨学金を得て国費留学することが出来た。英国での待遇はとても良かった。毎月の生活費だけはギリギリであったが。何とか移動の手段として車を手に入れたかったが、何せ貧乏留学生である。中古のボロボロの Mini を買うのが精一杯であった。本当はオープンのスポーツカー MGB が欲しくてたまらなかったのだが。帰国して何年か経ち、経済的にもすこし余裕が出来て、と言うよりはかなり無理をして、念願の MGB を一台手に入れ、5年間楽しんだ。運転をでは無く修理・整備をであったが。安全基準や排ガス規制のお蔭で我が国に輸入される英国車はカリフォルニア州の基準をクリアーした物であった。英国車なのに左ハンドルである。クロームバンパーでは無くマニアには不評な5マイルバンパーである。この5マイルバンパーと言うのは御存知の方もおられると思うがラバーラバーバンパーとも呼ばれ、黒いゴムカバーのかかった大きな物である。アメリカの安全基準をパスするために、ライトウエイトスポーツカーには似合わない、取って付けたような代物である。安全基準が時速5マイルで衝突しても衝撃を吸収する構造を要求した。この5マイルと言う値に何の意味があるのか良く分からない。確かに人が腕で支えきれるのは、時速5マイルの速度での衝突までであるという。しかし安全を心がけ、何時衝突しても安全なように一般道路を時速5マイルで運転していたら、後ろには長蛇の列、非難轟々、警笛はなり続けるであろう。

 カタパルト開発の悲劇が正の加速度が生物学的限度を越したときに待っていたように、年間一万人を越す交通事故の死亡者は初速度がスピード違反をしていなくても瞬間に最終速度がゼロになるような、負の加速度が人間の限度を越してかかることに起因している。

 我らヒトは、文化・文明の名の下に、生物学的限度を越した加速度を求め、何処へ行こうとしているのだろうか。人工衛星を飛ばし、月に足跡を残した人類であるが、幸せは決して一生のうちに移動できた距離には比例しない。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療