カタパルト1

 カタパルトを御存知だろうか。戦前派なら艦載機「零戦」を、最近の人なら映画「トップガン」の一場面を思い浮かべられるであろう。航空母艦の飛行甲板に立ち込めていた水蒸気はカタパルトの蒸気システムのようである。

 航空母艦の滑走路では飛行機が空に舞い上がるには距離が短すぎる。我が日本帝国海軍が艦載機を発進させるのに成功するまで何人のテストパイロットの尊い人命が犠牲になったのだろうか。著者は戦後っ子であるから見たわけではない。父は戦犯で公職追放になっていたから日本帝国海軍の職業軍人としては相当位は高かったらしい。戦後父の友人達が集まっては昔話に花を咲かせていたのを子供心に聞いていた。記憶に残ったのが、カタパルトの開発余話である。

 航空機が充分な揚力を得るには速度が必要である。速度の早い飛行機ほど揚力は小さくてすみ、翼は小さくなる。しかしどんなに優れたエンジンでも航空母艦の滑走路では揚力を得る速度に達するだけの加速度を持たない。補助加速度装置が必要である。コストが低く充分な加速度を得るにはパチンコのようにゴム紐で引っ張るのがよいが、飛行機を引っ張るだけのゴム紐となると大変である。そこで開発されたのが蒸気システムの引っ張り装置で有るという。カタパルトである。ところが計算上は揚力を得るに充分な加速度を与えているにも拘らず、初期の艦載機は海上に墜落してしまったそうである。飛行機の構造に欠陥があったわけではない。欠陥はパイロットの体にあった。何と初期のカタパルトは9Gの加速度を与えていたと言う。あわれテストパイロットは首の骨が折れて四肢麻痺になり操縦不能になったと言う。カタパルトの加速度をぎりぎりまで落とし操縦座席に枕を付けることで解決し、あの真珠弯攻撃があったと聞く。戦後連合軍により我が国の航空機開発のノウハウは暫くの間凍結された。

 我々生物の筋肉は、サーボモーターとして大変優れた機能を持つことは既に述べたが、9Gと言う加速度はその設計の計算外である。生物が体験し、その設計図に取り入れてきた加速度とは地球の引力1Gである。この加速度すら水中生活から地上に這い出してきてから体験したことであるから、比較的最近手にいれた能力である。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療