中枢神経の左右逆転現象1

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。


 十数年ぶりに、1kgの重量原器がフランスでの検査を終えて日本に帰ってきたと言う。標準重量原器の存在すら考えたこともなかったが、そう言えば重量が尺貫法からメートル法に変わったときには苦い思い出がある。現在では住宅地になってしまったが、三浦半島に鷹取山という全長一里ほどのハイキングコースがあった。休みに一人でこのハイキングコースに出かけた。途中のおやつにと駅前の果物屋でミカンを買った。それまでは百匁程度のミカンが一日で丁度よいほどの量であったが、その日からメートル法が施行され、グラムという慣れない単位で買物をせねばならなかった。百匁と言う所を100gと言ってしまった。ミカンは2個だけであった。

 果たして重量の単位は何を意味するのであろうか。1kgの重量原器も宇宙空間の無重力環境に持ち出せば、空間を漂ってしまうだろうし、水に浸ければ浮力が働く。質量不変の法則が危うくなった現在、絶対なるものの存在は常に疑ってかからねばならない。

 医者は病気の診断をし、その病気を患者に告げるときに、その病気の医学的重症度を秤に掛ける。患者の生活のなかに於ける病気の相対的重症度は計算しないことが多い。50kgの荷物を担いでも山を登れる健脚も居れば、5kgの荷物も運べない人もいる。

 著者はくどいようだが、脳神経外科医である。外科医のできることは神経障害を起こしている物理的な圧迫物を物理的に取り除くことである。そこから先は、病人の回復力に任せざるを得ない。無責任では無く、これが限界である。しかし、患者さんは医師とは病気を「治す」人であると決めてかかる。ここに大きな落し穴がある。

 ある日、著者の外来に左半身が痺れると訴える患者さんが受診した。医師にとって外来診療、特に、初診外来は真剣勝負である。真剣に神経学的検査をし、診断を絞るには一人の診察に30-40分かかる。この患者さんを一生懸命診察したが、本人が左半身のシビレ感を訴える以外、手足の麻痺や腱反射の左右差も見いだせなかった。思い悩んだが、最後に患者さんの靴を見せていただいた。シビレを訴える左の靴の爪先がすこし減っている。さらに、右足は親指の付け根が減っている。この人は歩く時に右足を軸にし、左足を少し引きずっているのであろう。診察では見いだせなかった左半身の運動麻痺を靴の減り方が教えてくれた。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療