無重力カエル2

 東西南北の絶対的座標軸は磁石の発見以前は、北半球にすむようになった白人文明が太陽にあこがれる生物学的方向性から発しているように思われる。ごく一部の渡り鳥の脳には磁石があり南北の絶対座標軸を持っているらしい。

 左右の概念には絶対的座標は無く、ヒラメ・カレイは別にして身体構造の対称性を基礎にしている。すなわち、我々は東西南北の二軸の生物である上に、さらに目から前の半分の世界しか持たないのである。前後の奥行きは、実はこれまた認識する必要はない。前後には位置的認識と言うよりは進行方向すなわち時間的空間として認識される。前は未来、後ろは過去。右手の未来か、左手の未来に餌があるのである。

 身体構造が左右対称であるのは右手の餌に到達するのと左手の餌に到達するのが等しくなるという目的を持つように見える。右手にある餌に到達するのに大きく左に回ってから到達するのでは逃げられてしまう。大脳にも左右があるが、前章で述べた左右の視覚情報が重力によって規定される天地方向の中央線で二分割され、視野の右半分は左の脳に、左半分は右の脳に振り分けられていることはあまり知られてはいない。大脳では右半身の情報入力と司令が左の脳で行われていることと考えあわせれば、視野の振り分けは合理的である。しかし、この大脳での逆転が何故必要なのかは良く解っていない。右にある餌に手を出したときに右の脳を噛付かれたら餌を逃がしてしまうからか。またその統合の機構となると、話はより複雑になる。

 数字の8を、声を出して読むとどうしても3と読んでしまう人がいる。頭の中では8であることは認識しているらしいが、どうやら、声を出して読むときには、左の脳に投影された部分だけで言語を捜すらしい。8の字のうち、右半分3にあたる部分が、左の脳に投影される。右の脳に投影された残りの左半分は無視されてしまうらしい。左右の画像情報を統合するには、大脳の左右を連絡する脳梁という部分が重要な働きをしている。脳神経外科の手術で脳梁の一部を切開せざるを得ないことがあるが、この場合も同様の障害が起こり得る。

 大脳が情報処理器官として左右を認識し統合せねばならないのに対して、脊髄は左右を認識する必要はない。右手で熱いものに触れたときに右手が引っ込めばよいわけで、左手がこれを認識する必要はない。脊髄内での左右の連絡は、もう少し単純である。歩行に代表されるような左右の共同なくしてはできない運動には左右の連絡が必要であろう。この作用は情報の統合では無く、情報の伝達のみで充分である。

 誰ですか、そこで左手で女性のお尻を撫でながら、右手で文字を書き、その上、大脳すら知らん振りをしている人は。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療