無重力カエル1

 生物はヒトであろうとカエルであろうと受精卵という単一の細胞が分裂し、複雑な身体の構造を形成して行く。神経と神経の連絡網が形成されることもきわめて不思議な出来事であるが、神経と筋肉のように全く異なった分化の過程をたどったものが有機的に連絡しあい、機能することができるようになると言った発育の過程はまさに創造の妙と言えよう。しかしこの過程で左右を決定するものが何であるかについて多くは語られていない。

 近年、スペースシャトル内で無重力状態での科学実験が行われるようになり、完全な球形や比重に影響されない混合物を作る試みがなされているという。こうした一連の科学実験の中にカエルの受精卵の実験がある。この実験では研究者の目的は無重力状態で育てたカエルの運動能力についての解析で、受精卵の発生そのものではなかった。地球上ではカエルの卵は受精すると回転運動を起こし北極と南極が決定され細胞分裂が始まるそうだ。回転しない受精卵はその後の発育が止まってしまうという。この受精卵の回転には重力が必要で、宇宙空間の無重力状態ではカエルの受精卵はオタマジャクシになるまで遠心器で1Gの重力をかけ続けなければならないらしい。実験は、そのまま1Gをかけ続けたものと途中無重力で育てたものがどう泳ぐかについての比較検討で、無重力で育てたものは体勢のコントロールに視覚情報を多く用いているらしいという結論であった。

 著者が興味を持ったのは、発生の段階で重力が必要であるという点であった。受精卵の北極が頭側になるのか、背側になるのかは分からないが、重力が体の縦の線を決定している。頭尾方向が決れば左右は自ずと決定される。やはり生物の発生にはその最も開始の時期に重力が大きく関わっているようである。神経機構も重力を抜きにしては語れない由縁である。

 地図を見たことの無い人はいない。しかし地図に書かれている東西南北の方位を細かく眺める人は少ない。東西の方位と南北の方位を一ヶ所に書くと交点を持つが、この交点の持つ意味は何か。実はこの交点には天地の軸が走っている。しかしこの天地の表示は省略されている。それは太古の昔から天地は地球重力で決定され、認識する必要がないことに起因するのでは無かろうか。地球が球であろうが平面であろうが、我々の概念には東西南北の二軸ー平面でしかない。天地は自ずと決定されている。

 「君子は南面す」と言って京都御所も町の北側にあり、南を向いた天皇が下々の民をご覧になる。右近の桜左近の橘、さて、橘は御所の東にあるのか西にあるのか。ここで左右と東西南北について考える必要が生まれる。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療