当直室の電話2

最近では少なくなったが、いわゆるムチ打症と呼ばれる患者さん達がいる。共通していることは、首の筋肉がコチコチに固くなっていることである。そして、判で押したように、「テレビが見えない」と言う。医者が外来で患者さんの肩を揉んでも保険点数は無い。収入に結び付かない。しかし、肩・首の筋肉を揉みほぐすと、患者さんは、物がはっきり見えるようになったと喜んでいただける。それで、著者の外来は看護婦達に「肩揉み外来」と呼ばれている。動くものを眼で追いかけるとき、眼球運動のあとは首がこれだけ回転するはずだという準備が大脳にはできているはずである。ところが首の筋肉が拘縮して動きが悪くなると、三半規管からの情報をキャンセルするべき抑制が負の方向に作用するのでは無いだろうか。逆方向に首を回転させたのと同じ事になる。これでは眩暈がして当然である。いわゆる、ムチ打症の眩暈感が三半規管からの神経機構に障害を来しているためだとすると、「肩揉み外来」で治るはずは無い。

反射回路という単純なシステムを積み重ね、我々はいかに複雑な神経機構を駆使しながら生きているのだろう。瞬時にして予測し、それに対する反応を準備し、待ち受けているのだろうか。

当直室の電話は鳴るものである。それを待ち受け、寝ていても眠っていない。しかし、今夜一晩だけは、鳴らないで欲しい。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療