コウモリの耳スイッチ1

 コウモリの鳴き声を聞いた人がいますか? 彼らは我々の耳では感知できない、超音波で鳴いている。もっともコウモリすら自分の声を聞いたことがないそうである。

 賢明な読者は蝙蝠のエコロケーション、つまり自分の声が跳ね返ってくる方向で障害物や餌を暗闇の中でも「見る」ことができる能力について思い出されているであろう。ところが蝙蝠の耳にはスイッチがあって、発声する瞬間には鼓膜とこれを内耳に伝える耳小骨の間を切り離してしまうそうである。したがって、蝙蝠は自分の肉声を聞いたことがないそうだ。

 人の内耳にも似たような反射機構があるのを御存知だろか。外耳と中耳の間は鼓膜で仕切られ、隔絶している。但し中耳は耳管と言う細い管で喉の奥と連絡しており、気圧を外界と同じに保っている。気圧が異なると鼓膜は気圧の高い方から低い方に押し潰されて、ひどい場合には破けてしまう。風邪で喉の腫れているときはダイビングをしてはいけないと言うのは、この耳管の開口部が開かなくなり通気でき無くなるからである。

 空気中を伝播してきた音は頭蓋骨と言うインピーダンスの異なる物質でぶつかりエネルギーを発生する。魚の体は殆ど水とインピーダンスが等しいため、魚が音を聞く装置には一工夫も二工夫もしてある。またイルカの様に水中で超音波の反響でエコロケーションを行っている場合、魚の体は見えず音を反射する骨だけがX線写真のように見えているらしい。

 鼓膜の音響インピーダンスは空気の音響インピーダンスと殆ど同じで、外耳を伝播してきた音響は殆ど完全なまま鼓膜の振動となる。この鼓膜の振動はさらに耳小骨と呼ばれる三つの小さな骨でテコの原理で1.3倍に大きな力として内耳に伝えられる。ところが内耳の開口部は鼓膜に比べて1/17と小さいために、エネルギーは収束し約20倍の音圧として内耳に伝播する。

 耳小骨、骨と言っても、それぞれ数ミリメートルにも満たない小さな骨達(アブミ骨、ツチ骨、キヌタ骨)は、鼓膜の振動を内耳に伝えると言う共同作業をしていながら、実は生まれも育ちも異なると言う。アブミ骨は進化の過程で顎ができる際に上顎を頭蓋骨に結び付けるために、二番目の鰓弓の上半分が舌顎骨に変化し、さらに上顎が勝手に頭蓋骨に強固な癒合をしたため、不必要になったものが中耳に入り込んだものであると言う。キヌタ骨・ツチ骨は、そもそもはアブミ骨と同じで鰓弓から発生したが、爬虫類では顎の関節を形成していた方形骨と関節骨となり、さらに哺乳類になった時、下顎も発達して不要になったものを流用しているらしい。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療