ワニの涙の物語2

 唾液については、その生物学的意義は比較的簡単に思える。これは、先ほど述べたように、口腔内の物理的刺激でもその分泌が誘発されるが、この時は、大脳を介した反射回路は必要無い。脳幹を反射中枢とする回路で充分である。しかし、パブロフの条件反射で見られるように、食物を起想するだけで唾液分泌が起こる。イヌの唾液には、分解酵素は含まれないと言うから、消化を助けると言うのは考えすぎで、単に嚥下し易くすると考えた方が妥当かも知れない。レモンやウメボシを考えてみよう。我が家の犬は、大の蜜柑好きで、蜜柑を前に「オアズケ」しているときの唾液の量たるや、床に染みができるほどである。起想する食べ物の種類によって唾液の量が異るのは、簡単なようで、実は、かなり高度な大脳皮質の働きを介した反射である。

 最後は大釣人となった、かの開高健氏の持論は、「人の体液は塩辛い」であった。「精液も愛液も塩辛い」と。しかし、唾液が塩辛いという話は聞いたことがない。小生は、横浜中華街の「四五六菜館」の五目そばが大好きである。ある夜、車を飛ばし、そばを食べに出かけたところ、店は閉まっていた。この時の唾液はとても塩辛かった。そして、唾液の代わりに、涙が出てきた。これも、「ワニの涙」かな?

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療