つぶらな瞳2

 古来より、医学の語彙集には人名を冠したものが多い。医学の権威主義の一面である様に見える。アーガイル・ロバートソン瞳孔と呼ばれるものがある。これは、対光反射は消失しているのに、近見反射(近くを見ると縮瞳する)は、保たれているものを言う。現在では殆ど見ることのない脳梅毒や、松果体にできる特殊な脳腫瘍で見られる。対光反射を観察するときには、ペンライトなどを目の前に見せると近見反射が起こってしまうため、患者さんに遠くを見ているようにしてもらわねばならない。この近見反射には注視すると言う意志(大脳機能)が関与するため、意識障害の患者さんでは起こらない。

 交感神経の解剖学的走行は未だに不明の点もあるが、まぶたを挙げる筋肉(眼瞼挙筋)や瞳孔を散大させる瞳孔散大筋を支配しているらしい。この麻痺症状として、これもまた、人名を冠したものであるが、ホルネル症候群と呼ばれるものがある。片側(稀に両側)の顔面に至る交感神経の麻痺症状で、医学生は一生懸命その症状を 1.眼瞼下垂 2.縮瞳 3.発汗減少 4.眼球陥凹(ヒトでは起こらないと言われている)と、おまじないの様に丸暗記する。ついでながら、この交感神経麻痺症状で見られる縮瞳は、瞳を縮瞳させる虹彩括約筋が働いているわけではなく、虹彩散大筋の麻痺によって散瞳できない状態を言う。従って、これは、明るいところではなく、瞳が大きくなる程度に薄暗い部屋で観察しなければならない。

 額に汗し、目を見開き、瞳孔も大きくなっている状態は交感神経優位の状態である。反対に、汗をかかず、目蓋は半開き、瞳は点、の状態は副交感神経優位の状態を示す。何のことは無い。前者は仁王様の顔。後者は大仏様の顔を思い浮かべれば良いのである。

 一方、マンウォッチィングの著者モーリスは、人は興味をそそられるもの、性的興奮を引き起こされるものを見たとき、瞳孔は散大するという。また、同一の顔写真を、片方はそのまま、もう一方はレタッチして瞳を大きく描くと、多くの人は修正した方を好むという。「つぶらな瞳」の謎はここにありそうである。恋人同士が瞳を見つめ合うのは、お互いの心理的興奮状態の確認作業であるらしい。愛情と闘争は紙一重か。

 ドン・ファンの様に、一人の女性では満足できない性生活を送っている男性は、唯一、小さい瞳を好むという。愛情を要求しないのだと言う。この手の男性は、とかく世の中に物議をかもしだすが、もしかすると、本当は闘争を好まない平和主義者なのかも知れない。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療