日本人の英語 余談

 この原稿を脱稿してから、料理研究家である辰巳芳子女史の対談を、ラジオ放送で伺った。
 「味は、五味といって、甘・辛・塩・酸・苦と言いますが、私は六味だと思うのです。六味目は淡味です。」
 「マクドナルドのハンバーガーは五味で出来ています。味は向こうからやってきます。淡味の代表は冬瓜のおいしさです。こちらから味わいに行かないと、そのおいしさは分かりません。」この後、子供の頃自分にはおいしいと分からない冬瓜の味を親がおいしいと思うのは何故何だろうと、一生懸命考えた女史の追憶の世界が広がる。味覚も、大脳に準備状態がないと、味わえないことを如実に語っているものと、嬉しくお伺いした。
 世はグルメブーム、何処どこの何なにが美味しいと、テレビカメラは全国、いや、世界中の食べ物を追いかけ回す。正に、それは五味の追及であり、味わう側の大脳皮質は全く問題にしていない。

 大脳における味覚に関する情報処理も、入力された情報の単純な篩分けではなく、大脳に準備されたものとのマッチング、さらには先に「走馬燈」で述べる如く、記憶・邂逅の呼び出しや、それらと、今味わっているもののやり取りなくしては、ただの餌になってしまう。
 こうした大脳の作用を研究するとなると、かたや、ヨーロッパ心理学の「文学の世界」に落ち込むか、アメリカ心理学の「局在論的手段」に落ち込んでしまうと言う、危険な学問でありそうである。本書の目的である、神経機構の最も単純な作業である反射の考察すらも、局在論的手段よりも、文学に近い哲学的考察が必要のように見える。しかし、これは、現在の西欧自然科学で用いられる一般的手段(論証)からは外れたものになる。科学ではないという誹りは免れない。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療