トイレのドア

 著者は北海道大学に入学し、最初の二年間は、今はもうない「恵迪寮」で生活した。著者の居た南寮という棟は、「バンカラ」運動部員が多く、寮雨と言って、二階の窓からオシッコが降ってきた。これは、技術が必要で、窓から、全身を乗りだし、後ろ手に窓枠に捕まりながらオシッコをするので、新入生にはむずかしいものであった。その後、一時プロの下宿屋に居たことがある。部屋は、六畳一間、トイレは共同である。風呂はもちろん銭湯。ある日、生理学教室の若手の先生の研究材料に、朝一番のオシッコが欲しいと言われ、プラスチックビンを持って帰らされたことがある。翌朝、自室でプラスチックビンを当てて、オシッコをしようとしたが、出ない。窓からは寮雨を降らすことができるようになっていたのに、である。

 仕方無くトイレに行って便器を前にプラスチックビンに向かって排尿したら、出るは出るは、危うくビンから溢れそうになってしまった。
 著者の専門は、脳神経外科と言っても脊髄の病気を治療する。手術前に患者さんに準備してもらうことの一つに、排尿訓練と言うものがある。手術によっては、術後、安静が必要で、横になったままベッドで排尿してもらう。これが結構むずかしい。

 時には、洗面器を逆さまにして、水道の蛇口の下におき、水を出す。この水音で、オシッコがようやく出る人が居る。

 排尿の中枢はという問題が出たら、仙髄と答えれば試験の点数はもらえる。確かに、尿道括約筋を弛緩させ、膀胱壁を収縮させる排尿そのものは、その反射中枢が仙髄にある。しかし、物事はそう簡単ではない。

 トイレに行ったらオシッコは出るものと考えていると、これは大きな間違い。排尿の反射は、尿意を催し、トイレのドアのノブを回したときから開始されているのである。トイレのドアのノブを回すと言う動作自体が、排尿開始の合図となっている。つまり、無意識のうちに、生活様式という、追加事項とも言うべきものが、反射の回路に組み込まれている。

 大脳の排尿に関する中枢は、帯状回と呼ばれる前頭葉にある。この部分がいろいろな病気で障害されると、オシッコを漏らすようになる。ガマンができ無くなるのである。大脳が、脊髄にある反射の中枢に対して抑制的な作用をする代表が、このトイレのドア反射である。大草原で目標物のないときには、オシッコがし難く、電信柱は犬でなくともオシッコの格好な目標になるのは、排尿と言うきわめて基本的な生命維持反射すら、その反射の開始には、反射中枢だけではなく、これに影響を与える条件の複雑な絡み合わせを示すものと言えよう。

 昔、長距離列車に始めて乗った老婦人が、列車にトイレがあることを知らず、尿意を我慢し続け、膀胱破裂で亡くなったと言う悲しい話を聞いたことがある。ところが、最近選挙運動中に時間がなく、田圃の畦道で立ち小便をした市議会議長の懲罰問題が話題をまいた。尿は、基本的には無菌で、公衆衛生上の問題はないのだが、「シツケ」「倫理」「我慢」が消えて行く現代の象徴のように思われるのは著者のみだろうか。そう言えば、パーティーの席上、庭で立ち小便をした国会議員が居ましたっけ・・

 前頭葉機能の障害された人達に、この国の政治は任されているのですぞ。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療