走馬燈 匂いと記憶2

 かつて、テープレコーダーが放送局から一般家庭に飛び出したときのあの驚きはわすれ難いものがある。ソニーのテープレコーダーは好事者の垂涎の的であった。金閣寺の中で三島由紀雄は「音楽は消え去るから美しい」と彼の美学を主人公に述べさせているが、その消え去るべきものを、逐一記録し保存してしまうテープレコーダーの出現は、エジソンの蓄音機に負けず、大脳の記憶機構以外の記録装置の普遍化に重大な意義を持っていた。最近では、ビデオシステムの普及が、音声情報のみならず、画像情報の記録・保存すら一般人のものとしてしまった。ビデオテープをプレーヤーにかけさえすれば、唐突に、時間的関連性なく、過去の時間的空間に跳躍できる。

 過去の時間的空間に思いが移行する神経回路を想定するとき、情景の画像情報が、網膜からの画像情報としてビデオテープのように逐一脳内に保存されるには大脳の神経機構の記憶容量は不足している。いくつかのキーワードで画像を再構成していると考える。このキーワードの呼出にどうやら匂いの入力が重要な働きをしている。

 パーソナルコンピューターが出現し、学会の発表の表やグラフをパソコンで作成するようになった。初期のものは、出来上がった画像そのものを逐一記憶するために、一枚の画面で大量の記憶が必要であり、ホンの数画面でフロッピーディスクが一杯になってしまった。その後、パソコンの演算そのものが高速化し、出来上がった画面情報として記録するのではなく、画面を作成するのに必要なデーターだけを記録し、画面を呼び出す場合はそのデーターをもとに画面を作成するプログラムがもう一度働いて画面を再構成する方式になり、一枚のフロッピーディスクに記録できる画面数が格段に増加した。

 我々が過去の情景に時間的跳躍をもって移動するとき、走馬燈のように目の前をよぎる過去の情景は大脳のどこかに保存されている画像データを呼び出すのではなく、まず、画面作成に必要なプログラムが呼び出され、このプログラムが、必要なデータを呼び出して再構成しているもので、画像そのもの逐一性はない。

 かつて前頭葉は臭いの弁別と記憶の管理に重要な働きをしていた。ヒトの前頭葉は発達し、巨大な容積を占めるに至ったが、この記憶と臭いの関連に関与する部分は、ヒトでは前頭葉下面に押しやられてしまっているが、働きを失ってしまった訳ではない。反射回路は消失するのではなく、更にこの回路にかぶさるように他のシステム(あるいはプログラム)が台頭し、見えなくなってしまう。

 試験の時に、教科書のどの辺に書いてあったかを思い出したり、また、順次記憶をたどる邂逅の作業は、過去への時間的関連を遡る作業であるのに対し、突然、過去の情景が走馬燈のように目の前に出現するには時間的・空間的跳躍が必要である。この作業が過去ではなく、将来に向かった場合、時間的関連を維持して将来と言う時間に思いを移動させる作業は予測である。予測能力はヒト特有のものであるか否かは分からないが、このヒトの予測能力が不完全であるが故に不安が生じる。一方、時間的関連を跳躍し、唐突に将来の時間的空間に移行することが「虫の知らせ」。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療