兎は夜行性2

 運動装置である筋肉やそれを司令する神経機構には種による差異がそれほど顕著では無い。単純に、筋肉に司令を出す運動神経と、実際にパワーを発生する筋線維からなっている。これに比べて、センサーの発達には目を見張るものがある。感覚装置は生物の発達に伴って、それぞれの種の特異性を持っていることを考えると、複雑な神経機構の存在理由は、進化にともない高度化し、より複雑になった感覚入力の処理機構としての作用がより重要な作用であることを伺わせるものと言えよう。

 特に脳組織は、その進化の過程で、必要になったものを単純に付け加えて行くだけという安易な発達過程をたどった。我々ヒトではその体重当りの大脳皮質の占める割合は驚異的に増大した。しかし、脳重量の増大は運動機能の発達によって増大したとは考え難い。重力の苦痛から解き放たれた鯨の脳ではその容量は、バンドウイルカで1600cc、シャチで6000cc、マッコウクジラで9000ccにもなるという。水中を遊泳するだけの運動機能は大脳の運動に関する情報処理に多くを要求しない。クジラ類の大脳の運動領野は、我々ヒトの運動領野より小さいという。これに比較して、感覚領野はとてつもなく大きいという。この発達した感覚領野の増大は、特に、聴覚に関係した部分に著しいという。ハクジラの先祖であるカワイルカ類の先祖が濁った水で視力も当てにできず、耳朶すら失った彼らが、なおかつ聴力にそのすべてを託して生命維持を計れたのは、大脳の情報処理能力の発達によるところが大きいようである。

 ウサギの耳は血管に富んでいて、体温調節、特に、ラジエターとしての機能も見逃せない。汗腺を持たないこの小動物が、全力疾走で敵の牙から逃れるためには、耳を立てたままで、走り続けるという。集音装置としての機能を疑問視する科学者が多い。

 兎の耳の信憑性はさておき、小さな耳しか持たない我々は、知恵でこれに対応した。セーラー服のいわゆるセーラーカラーが、じつは、海上では音が放散してしまうために聞き取りにくい船長の命令を、カラーを頭の後ろに持ち上げて、集音装置とする為にある。

 このことをセーラー服の女学生のどれくらいが知っているのだろうか。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療