ムカデ競争は転ぶのに、なぜムカデは転ばないか2

 運動の話に戻ろう。関節が目的を持った運動をするためには、高次中枢からの連絡だけではなく、屈筋と伸筋を支配するそれぞれのmotor neuron pool(あるいはganglion)の間に、なんらかの連絡が必要となる。高次中枢から屈筋群と伸筋群のmotor neuron poolにそれぞれ連絡があって、一方を働かせ、一方を休ませるシステムは、存在するが、甚だ複雑な機構で、不経済である。高度な運動形態、例えば、ストライクゾーンのぎりぎりの端にボールを投げるような恣意的な運動を遂行するには、こうした複雑な神経機構を活用する必要があるが、生命維持にとって経済効率は最優先課題である。

 すなわち、neuro-neuronal connectionの誕生である。最も基本的な連絡網は、同一の足に関わるmotor neuron pool間の連絡で、相互に抑制的に働く連絡網が、同一のsegment(髄節)に存在する。さらにムカデの足では、前進に際して、足を順次送り出すと言う股関節運動が必要で、これは髄節間の intersegmental neuro-neuronal connectionと呼べよう。この順次性を形成する信号を高次中枢が送るとなると、巨大な脳が必要であり、ムカデにはできない。既に膝を曲げ終った足が隣の髄節に信号を発しながら、股関節の挙上と、前方屈曲を行えば、足は交叉することなく、順次前方へ送り出すことができる。

 ムカデ競争は、一髄節を一個人が賄う。髄節間のintersegmental neuro-neuronal connectionが失敗したときに、転倒の悲劇が待っている。信号伝達方法を確立したグループが優勝する。声を掛け合うのは、この点で、効果的である。もっとも、ムカデ競争では、各足は順次前方振出をするのではなく、長い下駄を一挙に持ち上げなければならないが・・・

 最近の若者が、皆同じ洋服を着て、同じ格好をして歩いているのは、ムカデ競争かも知れない。情報伝達は、個人から個人への信号伝達、言い換えればInter-Neuronal Connectionで行われているのではなく、高次中枢とも言うべきテレビを始めとするマスメディアの画一的情報の一方的司令によるが。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療