輪廻転生

 東洋思想の「輪廻転生」が、いかなる社会的背景のもとに生じたのか、一度調べてみたいと考えている。現世の恵まれない生活環境から来る不満感・不幸感を吸収するという社会的背景があるような気がしてならない。次ぎの生まれ変わりにきたいしても、現状より良い環境に生活できる保証はどこにもない。生まれ変わってみたがミミズかも知れない。

 アスファルトの舗装道路にミミズが干からびて死んでいる姿はよく見かける。現世の生活に不満を持ったミミズが、道路を横切り新世界を目指したものの、水溜で溺れて、アスファルトの上で乾燥して死んでしまうのだと考えていた。道路の向こう側も、こちら側と同じ世界が待っているのに。

 ミミズにも、神経がある。体を縦に走り、それぞれの節に情報を伝達している。この神経を用いた実験がある。用意するものとして、プラスチックの箱に5ミリメートルおきに銅線を梯子のように並べたものが必要である。それぞれの銅線は独立していて、任意の二本ずつのペアーを刺激用のものと、神経活動を導出するものに用いる。中央の一本をアースにする。この神経を電気刺激すると神経活動電位が記録できる。刺激の銅線と記録の銅線の距離を、刺激からこの活動電位が記録されるまでの時間で割ると神経の伝導速度が計算できる。

 まず、問題はミミズをこの梯子の上にどう置くかである。ミミズも生き物、ただ黙ってそこに居てはくれない。麻酔が必要である。ミミズの麻酔は、10%のアルコール溶液にポチャンと浸けるだけで充分である。ミミズが酔っ払って眠ったところで素早く実験せねばならない。酔いから醒めたミミズはすぐに梯子の上を這い始める。

 著者らのミミズの実験の目論見は、単一神経線維の伝導が温度によってどう変化するかを観察することであった。室温から冷却して行くのは装置として難しい。そこでまずこのプラスチックの容器を氷で冷やし、低温から開始する。室温に比べ、低温では神経伝導速度は低下する。ところが、神経の活動電位は低温ほど大きくなる。神経活動電位の振幅はあまり変化しないが、電位の幅が大きくなる。その理由についてはここでは省略させていただく。今度は少しずつ温度を上げて行く、伝導速度は速くなるが、神経活動電位の幅は小さくなって行く。室温を越して、さらに温めると、突然、神経活動が起こらなくなってしまう。つまり、ミミズの神経線維は温めると麻痺してしまう。その理由については著者はまだよく知らない。

 アスファルトの上で死んでいるミミズは、干からびて動けなくなるのではなく、夜中に土の中から這い出して、新天地に到達する前に朝日が当たると、体が暖まって、神経麻痺のために死んでしまうようである。干からびて死ぬよりは苦痛の少ない死である。

 ミミズのより良き輪廻転生を祈ろう。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療