神経興奮の伝導2

 この細胞膜の電気的な変化は水面を波が伝わるように広がって行く。前の節で神経興奮の大源流は、末梢の感覚受容器の興奮から始まると書いた。末梢の感覚受容器の興奮は神経線維の先端にこのような細胞膜の電気的な興奮として伝達される。次いで神経線維の表面をこうした電気的な揺らぎとして伝わって行く。神経線維の細胞膜に、何かうまい仕掛けがなければその揺らぎの伝わる速度は秒速数mでしかない。これでは、足の裏で何かを踏んでも脳に伝わるのに秒の単位でかかってしまう。「大男総身に知恵はまわりかね」といわれるが、これでは困るのである。

 神経線維は、興奮をいかに迅速に伝えるかが、その最大の使命である。創造の主はここでもその持てる知恵を駆使された。

 神経線維は、途切れ途切れに絶縁されている。絶縁された部分では、細胞膜の変化は起こらない。絶縁の途切れた部分の電気的な変化が、次の途切れに伝わる。この絶縁部分での情報伝達は細胞膜の外の体液中に起こる電流として伝えられるから、その速度は電子の速度・光の速度である。次の途切れの部分では、細胞膜の電気活動が始まる。

 この絶縁物質は神経細胞自信が作るのではなく、ほかの細胞がミエリンというロウのような物質を作り神経線維をぐるぐる巻にしてでき上がっている。これを髄鞘という。末梢神経では、髄鞘はシュワン細胞が、中枢神経では乏突起細胞と呼ばれる細胞が髄鞘を作っている。この髄鞘は肉眼的には白く見えるので、脳の、神経線維が集まった部分は白く見え、白質と呼ばれる。

 このロウの鞘・髄鞘は軸になる神経線維が太いほど、その厚さと長さを増す。全体としての神経線維の情報伝達は、途切れの部分の間隔が長いほど速くなる。ヒトでは、最も速い神経線維で、秒速60-70m程度の速度を持つ。交感神経や細い神経線維では、髄鞘の無い線維もある。こうした神経線維はその伝導速度はきわめて遅い。

 最も速い伝導速度を持つ神経が受け持っている反射は、姿勢制御の反射である。これについては後で述べるが、大脳を使ってはいない。
 大脳をその反射の中枢にするものは、反応が起こるのに時間がかかる。時には数十年かかることがある。「親の説教と冷酒は後から効く」と言うではありませんか。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療