ちょっとためになる話30:さまざまな痛みに対しての脊髄刺激療法 (Spinal Cord Stimulation, SCS)

脊髄刺激療法は脊髄を包んでいる硬膜の外側に専用の刺激電極を挿入し、皮下に埋め込まれた刺激装置本体と電極を接続して、長期的に脊髄へ微弱な電気刺激を行いながら痛みの緩和を目指していく治療法です。心臓ペースメーカーと似たようなイメージで、心臓を刺激するのか脊髄を刺激するのかという違いとして認識もできるかもしれません。

そもそも、電気刺激によって体の痛みを緩和しようとする試みは、電気の存在が科学的に認識されるもっと以前の紀元前や古代ローマ時代にまで遡ることができるようです。シビレエイや電気ウナギを用いた疼痛治療の記述が残されているというのです。
我が国では1970年代から局所通電による痛みの治療の報告があり、1982年には植え込み型の刺激装置の使用が認可され、1992年に難治性慢性疼痛に対する脊髄刺激療法が保険医療として認められました。
脊髄刺激療法は、いわゆる通常の手術療法の対象と判断されなかった下肢痛や腰臀部痛、脳卒中後疼痛が主な治療対象として認識されています。そんな中でも、近年では下肢の動脈硬化やバージャー病に代表されるような血流不良・痛みに対しても積極的に実施されるようになってきました。しかし、心臓ペースメーカーほど一般社会的にも医療界においても認知度が高くなく、実施している施設も多くはないのが現状であろうと思います。

脊髄の電気的刺激が痛みを緩和するメカニズムは現在でも正確にはわかっていませんが、いくつかの機序が提唱されています。
その1つは、触圧覚や深部覚を伝える神経線維に刺激が入ると脊髄後角で抑制性介在ニューロンを介して痛みを伝える神経の伝達が抑制され、痛みが軽減する(ゲートコントロール理論)というものです。痛い場所を摩ったり押したりすることで痛みが和らぐのは、このゲートコントロール理論で説明されることがあります。他にも、電気刺激による脊髄内での痛覚路の伝達阻害、脳から脊髄への下行性疼痛抑制系を増強する機序、除痛に関係する神経伝達物質の関与、交感神経系の関与などの様々な説が提唱されています。

前述の通り、脊髄刺激療法は難治性の慢性的な痛みの治療として認められ、我が国でも徐々に実施数が増えてきています。
当院でも様々な脊髄障害、Failed back surgery syndrome (FBSS)、腰部脊柱管狭窄症などによる神経障害性疼痛に対して脊髄刺激療法を実施し、痛みの緩和や生活動作能力の向上が得られてきました。
<代表例> 80歳代の男性。過去に腰部脊柱管狭窄症の腰椎後方除圧手術を受けていましたが、術後8年ほどの経過で脊柱管の狭窄が再発してきました。足の痛みのために20mほどしか連続して歩行ができませんでした。高齢であり身体の負担を考慮し、ご本人と相談の上で、いわゆる脊椎の外科的な再治療ではなく脊髄刺激療法を導入しました。術後には200m近く連続して歩行ができるようになりました。安静時の足腰の痛みも無くなりました。

おわりに、脊髄刺激療法は下肢痛や脳卒中後疼痛のみならず、海外では狭心痛や意識障害などにも実施され、一定の成果が報告されています。今後、我が国でもこれまでに対象としてこなかった病態へ挑戦していくことが、より多くの患者さんの「今より良い人生」に寄与するものと考えています。

「ずっとこの痛みが続くのは嫌だ」、しかし「いきなり身体の中に器械を埋め込むことには抵抗がある」と考えるのは普通のことだと思います。
脊髄刺激療法を導入するにあたって、まず初めに局所麻酔で脊柱管内に刺激電極のみ留置して体外から刺激する1週間程度の体外刺激トライアルを行います。その後に、一般的には体内から電極をいったん抜去します。体外刺激トライアルを経て、ご本人が痛みの緩和を実感できれば、その後の長期的な刺激システムの埋め込みを行うかどうか、ご自身で決めていただいています。即決する必要はありません。
脊髄刺激療法と一言で言ってもその方の病態によっていろいろな方法、異なる手法で治療していく必要がありますので、脊髄刺激療法に関する相談は本治療を実施している医師にご相談ください。

参考文献:
平孝臣『脊髄刺激療法のすべて』にゅーろん社、1994
森本昌宏『脊髄電気刺激療法』克誠堂出版、2008

担当:小原亘太郎

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療