肺放線菌症:肺癌と鑑別が難しいケースがある慢性化膿性肉芽腫性疾患

肺癌に類似した結節や腫瘤陰影を呈する稀な慢性呼吸器感染症です。
当院でも最近経験しましたので、最新の知見をまとめてみました。

「胸部画像検査で肺に結節陰影を認め、原発性肺癌を疑い気管支鏡検査を施行したところ、肺放線菌症であった」ということが時々あります。
また気管支鏡検査で診断がつかず、肺切除術が必要となる場合も存在します。

概念

・肺放線菌症は、嫌気性もしくは微好気性菌であるActinomyces属(Actinomyces israeliiが主)によって引き起こされる慢性化膿性肉芽腫性疾患である。

・本菌は口腔内や消化管の常在菌であり、歯牙や扁桃窩にある菌塊を誤嚥する事が発症の契機となることが多いが、上葉に病変があることも多く口腔内感染巣から血行性に敗血症制塞栓を起こしている可能性も示唆されている。(感染症誌 2005;79:111-116)


・好発年齢は20〜40歳台で、男女比では3:1と男性に多く、主な基礎疾患としてはう歯、歯周病などの口腔内病変や気管支拡張症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患、糖尿病が挙げられる。

微生物

・ヒトに病原性を示す放線菌群は、嫌気性放線菌のActinomyces属と好気性放線菌のNocardia属に大きく分かれる。前者のActinomyces属による肺感染症を「肺放線菌症」と呼び、抗酸菌染色は陰性である。後者のNocardia属は、抗酸菌染色で弱陽性となり、特に免疫不全者で感染症を起こし問題となる。

・肺放線菌症の起炎菌はイスラエル放線菌(Actinomyces israelii)を主とし、まれに、ネスルンド放線菌(Actinomyces naeslundii)、Actinomyces viscosus、Actinomyces odontolyticusも本症の起炎菌となる。

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(Topley & Wilson's Microbiology and Microbial Infections. 775-798 Arnold,London,1998)

臨床像

・主な症状としては慢性的に経過する咳嗽、血痰、喀血あるいは発熱、体重減少などが認められるが、他の呼吸器疾患と類似しており臨床的特徴に乏しい。

・炎症が胸膜に達する場合は共通を伴い、胸壁へ病変が進展することにより板状硬皮下腫瘤、瘻孔形成を伴うことがある。

・一方、無症状に経過して胸部単純X線写真にて偶発的に発見されることも多く、肺癌との鑑別が困難な場合がある。
(気管支学 2014;36:475-480)

検査・画像

・血液学的検査では、赤血球沈降速度、CRPの上昇など軽度〜中等度炎症反応を認めるが、白血球上昇は乏しく、特異的な抗原・抗体価などの検査法は存在しない。慢性例では貧血を来す場合もある。

・胸部単純X線写真では、腫瘤陰影、浸潤影、胸水、空洞形成、胸膜肥厚などの記載が多い。
(日胸 2004年11月増刊S162-165)

・胸部CTでは、コンソリデーションや腫瘤性陰影が多い。本症は肺感染症であるため肺野に炎症性変化を来す一方、肉芽腫性病変を生じることに対応すると考えられる所見である。 病変中心部には空洞形成もしくは低吸収領域を認め、壊死や膿瘍形成を示唆する所見である。 (Radiology 1998;209:229-233)



(当院で経験した肺放線菌症の胸部単純X線写真:左肺尖部に結節影を認める)


肺癌と鑑別が難しいケースがある慢性化膿性肉芽腫性疾患

(胸部CT所見:左上葉に内部低吸収域を認める結節影を認める)

肺癌と鑑別が難しいケースがある慢性化膿性肉芽腫性疾患

診断・微生物学的検査・病理

・確定診断は病巣からの菌の分離・同定あるいは病理学的な菌塊の証明が必要であるが、経気管支肺生検では鉗子が菌体周囲の肉芽腫組織に阻まれて病変中心部にある菌塊へは到達せず、診断が困難である場合も少なくない

・本邦の報告例では、気管支鏡で診断できた症例は約10%程度であり、そのうち培養検査にて分離同定されたのは半数以下とされている。
(J Infect Chemother. 2004:10:172-177)


・菌塊のグラム染色あるいはGrocott染色により菌糸が放射状に分岐錯綜した構造を認める。

・病理組織内あるいは洗浄液中に菌塊である硫黄顆粒(ドルーゼ)が証明されることが診断に有用である。

治療

・放線菌はペニシリン系抗菌薬に感受性があり、適切な投与により予後は良好であるが、基本的には長期間の抗菌薬投与を必要とする。最初の2~6週間点滴とし、その後6〜12ヶ月内服治療を行う。

・クリンダマイシンやエリスロマイシンにも良好な感受性を示すので、ペニシリンアレルギーの場合は使用を考慮する。

ビクシリン(Ampicillin)2g + 生理食塩水 50ml 30分かけて 6時間毎 1日4回 点滴静注 2〜6週間
その後、サワシリン(Amoxicillin)1回0.5g 1日3-4回内服 6〜12ヶ月


肺癌と鑑別が難しいケースがある慢性化膿性肉芽腫性疾患

参考文献

呼吸器感染症のすべて 南光堂 2009年
日胸 2004年11月増刊S162-165

* 注意

亀田総合病院、呼吸器内科で行っている診療の概要を示したものです。実際の診断・治療の判断は主治医が責任を持って行って下さい。

このサイトの監修者

亀田総合病院
呼吸器内科部長 中島 啓

【専門分野】
呼吸器疾患