【活動報告】イラク人医師Dr. Sulaimanの亀田訪問記

クルド人医師(イラク)Dr. Sulaimanの亀田訪問記(11/13〜18) 以下にDr. Sulaimanからのお話を項目ごとにまとめました

<現地の医療体制>

イラクのクルド地区は、ユニセフやWHOの援助もあり、たとえば子供のワクチン行政などは行き届いているのだそうです。Dr. Sulaiman自身も、ユニセフと一緒に活動した経験もお持ちとのこと。アルビール市(Erbil)では絶対的な医師不足があり、一人の患者に一般医師が費やせる診療時間は5分程度と限られている。アルビール市民は、貧富によらず含めて一般医(GP)や救急受診はできるが、著明な医師や専門医へのアクセスは限られている。内科医として有名であるDr. Sulaimanの外来受診は、主に自費診療の方を受けておられる。医学を学ぶ際の留学先としては、英国が最多で、次いでドイツ、米国、ヨルダンで学ぶ医師が多い。日本の平均寿命に比べて、イラクの同地区は、 平均寿命は70歳くらいの印象とのこと。先生のお母様が82歳で他界されたが、82歳は例外的な長寿とおっしゃられた。

<緩和ケアやペインマネジメントに対する工夫>

緩和ケアやペインクリニックの専門医は不足しているため、 一般医師がこの分野をカバーしている。鎮痛薬の使用順序は効力の順に、基本的にWHO3段階ラダーに沿って処方する。侵襲的な神経ブロック等は実施できる専門医が不足しているため、内科的マネジメントで対応する。関節内注射などは、整形外科医等が行う。ある部分の痛みがとても強い場合は、他の身体の部位への痛みを誘発して、痛みをしのぐことがある。 プラセボも他のすべての方法が無効の場合に用いることがあるとのこと。(日本では倫理的問題のため、プラセボ投与は現在は殆ど行われない、とお伝えした。)もっともプラセボ使用の際には、必ず倫理的な問題が挙がる点は日本と変わらないとのことでした。 (追記:イスラム教圏ではラマダンの時期に皆、断食するご経験から、断食は慢性疼痛の患者の痛みの閾値を上げ、痛みの改善がよく見られるそうです。病気が進行して体力が弱っている人に断食は推奨できませんが、少食と痛みの緩和の関係なら調査できるかもしれません。大変興味深く今後注目すべきテーマです。)

<医療と信仰の強いつながり>

Dr. Sulaimanは、幼少期に、原因不明の右耳の難聴を発症した。当時、通常、医師が勧める標準治療をすべて試したけれども、症状回復の兆しがなかったところへ、ご自身の母上(とても信仰心のある方だったらしい)が、ある"祈りのことば"をSulaiman少年に掛けたところ、不思議なことに、その後、難聴は徐々に回復したのだそうです。このような不思議な体験を自身は経験されている。人間には"治癒力のスイッチのようなものが本来備わっている。母上からの祈りは、おそらく、そのスイッチをオンにしてくれたのだろうとおっしゃっていました。母上が手渡ししてくれた御札のようなものを財布に入れて肌身離さず持っておられて大切にされていることも教えてくださった。"祈りを託す御札という存在は日本でも様々な場面で遭遇するが、国を超えて祈りの文化はある意味、共通な部分があることを理解しました。

<もしバナカードを通じて学ぶ文化的多様性>

Dr. Sulaiman(イラク人), Dr. Moody(米国人), と緩和ケアチームスタッフ2名(日本人)の4名で、『もしバナカード』を用いて各自の死生観を共有する時間を持ちました。Dr. Sulaimanは「神が共にいて平安である」「意識がはっきりしている」「痛みがない」という札をトップ3に選びました。日本人同士でもしバナゲームを行うときには、「神とともにいて平安である」や「祈る」といった札はあまり選ばれないようです。しかし、多国籍セッションでは、信仰を大切にする札が取り合いになりました。宗教や信条に関する習慣や考え方に価値観の多様性が反映されやすいことが実感されました。しかしながら4名とも、体の痛みが少ないこと、家族や友人や医療者との良好なつながりを希望する点では共通であることが確認されました。クルド文化では、Card gameというと、ギャンブル的なニュアンスが含まれるため、もしバナカードをクルド人自治区に導入する場合は、ネーミングに配慮が必要とのことでした。

<Dr. Sulaimanがみた日本>

クルドの人びとからみた日本は、故障のない機械や電子製品を作る民族というイメージが先行している。Dr. Sulaimanの車は日産、奥様の車はトヨタ製で、同地区には日本製の製品があらゆるところで大活躍しているとのこと。有り難いことに、現地で信頼度の高い日本製品が生みだすプラスのイメージと私達日本人が重ねられていることが分かりました。欧米はまだ身近な存在だが、日本はクルド人にとってはるか彼方の遠い国とのこと。実際クルド人で当院を訪問されたのはDr. Sulaimanが初めてでした。今後、双方の交流が進めばよいなあと感じました。

<Dr. Sulaimanから学んだこと>

先生は、これまでの人生で10回もの戦争を経験され、とにかく毎日平和に暮らせることをクルドの人びとは希求している。平和な日本で生まれ育った私にとって想像できないことです。当たり前に平和を享受してきた私達はこの平和に感謝すべきであると実感しました。ご自身はクルド人として誇りをお持ちであり、自民族の医療の発展のために貢献したいという高い志をお持ちであることに、深い敬意の念を覚えました。 以上、Dr.Sulaimanの亀田訪問記を記しました。

(関根)

Sherwan, thank you very much for visiting us all the way from Kurdistan region. We learned a lot from you and I hope you learned something from us. Best wishes, Ryuichi Sekine

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このサイトの監修者

亀田総合病院
疼痛・緩和ケア科部長 関根 龍一

【専門分野】
病状の進行した(末期に限らない)癌や癌以外のあらゆる疾患による難しい痛みのコントロール、それ以外の症状の緩和