プライマリケアにおける主観的記憶障害および簡単な記憶検査と認知症発症との関連性(2019年第12回RJC)

ジャーナルクラブ 第12回
2019/10/21
高橋亮太

1 タイトル

「プライマリケアにおける主観的記憶障害および簡単な記憶検査と認知症発症との関連性」
Associations of Subjective Memory Complaints and Simple Memory Task Scores With Future Dementia in the Primary Care Setting
Lennard L. van Wanrooij, Edo Richard, Susan Jongstra, Eric P. Moll van Charante, and Willem A. van Gool
Ann Fam Med September/October 2019 17:412-418; doi:10.1370/afm.2443
カテゴリー research journal club
キーワード dementia neuropsychological tests memory cognition association learning self report geriatric assessment risk assessment primary health care

2 背景・目的・仮説

●背景
家庭医は地域在住高齢者において、認知症発症のリスクが高い人々とそうではない人々を区別するための簡単で、かつ、包括的なアルゴリズムを必要としている。
適時的な認知症診断は、患者および介護者の両者に対して、機能低下への適応および適切なケアおよび治療の導入につながる(文献1)。
家庭医にとって認知症リスクが増加している地域在住高齢者を明らかにすることは重要である。
プライマリケアにおいて主観的記憶障害(subjective memory complaints:SMC)を問うスクリーニング質問は、この認知症診断プロセスの第一段階として有用。
SMCに関する近年のレビュー論文では、客観的な認知機能障害の評価がない場合でも、認知症発症と関連することが示された(文献2)
そのレビュー論文はSMCに関する異なった測定方法による研究成果を含んでいるが、認知症発症と記憶検査との関連については示されていない。
もし、SMCの訴えがある高齢者において、認知症発症のリスクが高い群とそうでない群を区別する方法があるのであれば、それは家庭医にとって有用。
専門医による物忘れ外来への紹介は、ある一定のSMCのある高齢者にとっては必要であるが、それ以外の高齢者にとっては不必要なストレスを引き起こすことになり、かつ、適切な医療資源利用を損なう可能性がある。
SMCに関する一つの質問と簡単な記憶検査を組み合わせであれば家庭医の定期受診でも対応可能。
プライマリケアにおいては、MMSE:Mini-Mental State Examinationが、認知機能のスクリーニングツールとしてしばしば採用されている。しかし、これまでの多くの研究ではMMSEスコアと認知症発症との研究は横断研究であり、縦断研究は乏しい。
横断研究の結果に基づき、家庭医に対してプライマリケアにおける認知機能評価に関するいくつかの推奨事項が出されている。
例えば、MMSEにおける遅延再生のスコア(MMSE-5)は、MMSEの集計スコアよりも、高齢者における認知症リスクが増加しているものとそうではないものとの区別をするのに有用であるという結果が示されている(文献3-5)。
プライマリケアではMMSEが度々使用されているが、一方で、Visual Association Test(VAT)の方が他の認知機能検査よりも優れているという横断研究もある(文献6)
VATは言語によらない順行性の記憶評価ツールであり、数分で実施出来る簡便なものである(文献7-8)。最近では、VATを使用することで、MMSEの集計スコアが2年間のうちに低下傾向のある高齢者において、認知症リスクが上昇している人々と、そうではない人々を区別することを示した(文献9)
しかし、MMSE-5とVATスコアの組み合わせが、SMCの訴えのある高齢者における認知症発症にどの程度有用なのかはわかっていない。
そこで、今回、SMCの単一質問、MMSE-5、そして、VATのそれぞれ個別の検査が、もしくは、それらの組み合わせが地域在住高齢者の認知症発祥にどのような関連があるのかを調べることとした。

●目的
本研究の目的は、プライマリケアにおける認知症発症と主観的記憶障害に関する一つの質問および2つの簡単な記憶検査との関連性を明らかにすることである。

3 方法・研究デザイン

●研究デザイン 縦断研究
●方法
1)調査対象者 オランダ
認知症発症の臨床研究(RCT)であるPrevention of Dementia by Intensive Vascular Care (preDIVA) trialに参加した地域在住高齢者3,454人 70-78歳(文献10、11)
2006-2009年募集 平均フォローアップ 6.7年(観察期間・人数は21,341人年)
RCT 看護師による心血管危険因子への介入 認知症予防効果を検証する介入研究
介入群は4ヶ月おきに看護師を訪問。心血管危険因子について評価・介入。
対照群は標準的なケア。
もともとのRCTでは介入群と対照群に分けていたが、メインの介入研究の結果において両群で大きな違いがなかったことから、一つのコホートとして設定
ベースラインおよび2年ごとに病歴、処方薬、心血管危険因子、認知機能、気分などをフォローアップ。
2)分析方法
*認知症診断
2年おきに診断を確認。家庭医が電子カルテデータを閲覧して追加。入院による報告書、老年科医師、神経内科医、精神科医の外来報告書、画像報告書、神経心理的検査結果から認知症診断を追加。認知症診断はDSM-4を基本(文献10)
*SMC:Subjective Memory Complaints
 GDS15の2値質問 
 「あなたは記憶に関して以前よりも問題を感じていますか?」>{はい、いいえ}
 ベースラインと2年ごとのフォローアップ時に評価
*MMSE-5:Mini-Mental State Examination delayed recall item
 オランダ語翻訳バージョン
 りんご、鍵、机 > しばらくしてから再度確認
1) optimal > 3問全部正解
2) imperfect > 0-2問正解
*VAT:Visual Association Test 文献7、8
 バージョンA 
 6つのイメージ図:意味的に無関係なものを2つずつ(例:風船と鍵など)
 一つのもののあとにもう一つのものをみせられる
 しばらくして、はじめのもの(風船)だけ示される。もう一つのものを答えられるか。
1) optimal > 6問全部正解
2) imperfect > 0-5問正解
3)統計解析
 コックス比例ハザードモデル

4 結果

1)対象者
preDIVA 3526人のうち、3454人(98%)を分析対象とした
72人は、認知症診断データ欠損により除外した。
平均6.7年のフォローアップ期間において、233人(7%)が認知症診断を受けた。
平均60ヶ月(39-74ヶ月)
2)ベースラインの属性 > 表1
 認知症診断なし群と認知症診断あり群
 > 認知症診断あり群 女性、低学歴、高SMC、高MMSE-5、高VAT
3)認知症発症のハザード比 hazard ratio [HR]  > 表2
・SMC- 5%、 SMC+ 14%
 SMC単独 [HR] = 3.01; 95% CI, 2.31-3.94; P <.001
・MMSE-5ー 4%、 MMSE-5+ 8%
 MMSE-5単独HR = 2.14; 95% CI, 1.59-2.87; P <.001
・VATー 4%、 VAT+ 13%
 VAT単独HR = 3.19; 95% CI, 2.46-4.13; P <.001
4)SMCと記憶検査との併用によるハザード比 > 表3
・SMCとMMSE-5の併用
 両方+ > 19%
・SMCとVATの併用
 両方+ > 25%
5)tree graph(木:グラフ理論)SMC、MMSE-5、VAT併用による認知症発症率 > 図1
・もともとの認知症発症リスク 7%
 > SMC+    14%
 > MMSE-5+ 19%
 > VAT+    30%
・組み合わせにより認知症リスクが変化する
 > SMC+のグループ 4%-30% 大きい変化
 > SMCーのグループ 3%- 9% 小さい変化
6)認知症診断までの期間:カプランマイヤー曲線 > 図2
・SMC+(左側グラフ)
 MMSE-5+、VAT+の群では明らかに認知症リスクが高いことがうかがえる結果

5 考察

1)研究結果のまとめと先行研究との比較
本研究結果では、地域在住高齢者における記憶障害を問う単一質問(SMC)が、MMSE-5スコア、VATスコアとともに、認知症発症と関連することが示された。
SMCの訴えがある高齢者においては、MMSE-5、VATの結果によって認知症発症リスクが4%から30%まで変化することという結果であった。
一方、SMCの訴えがない高齢者においては、認知機能検査の結果によって変化は小さく、実質的な認知症発症リスクは大きく変化はなかった。
家庭医の診療現場において、時間的な制約もあるなかで、SMCの訴えのある高齢者に対して一つだけ認知機能検査を実施するのであれば、VATの方が、MMSE-5よりも有用であると思われた。
しかし、VATは、SMCの訴えがある高齢者において、MMSE-5が陽性であった場合に、最も有用であるという結果であった。
以上より、プライマリケア現場における段階的なアプローチ方法として我々の提案は、
1.SMCの質問を行う
2.SMCの訴えがある場合、MMSE-5を行う
3.MMSE-5+の場合、最後に、VATを行う
というものである。

2)長所と限界
*長所
 地域在住高齢者においてサンプルサイズが大きいこと
 6-8年間のフォローアップ期間における認知症診断方法の確実性 
*限界
1)コックス比例ハザードモデルにおいて小さい割合はHRの推定を誤る可能性。しかし、感度分析ではメインの結果と同様であった。
2)SMCの質問としてGDSを採用したこと
15問の抑うつ気分を評価するための尺度を採用したことは、本来のSMCの評価と異なる可能性はありうる。そのため、今後、記憶障害に関する単一質問での追試が必要。
3)VATは簡単に実施できるが、現時点では著作権があり、幅広く使用出来る環境にない。
4)本研究の対象者の年齢が70-78歳と比較的狭い範囲にあり、研究成果の一般化には注意が必要。

6 結論

本研究の結果より、SMCの評価だけでなく、MMSE-5、VATと併用して評価することでプライマリケアにおける認知症発症リスクの評価方法として可能性が高まることが示唆された。
SMCの訴えがある高齢者において、認知症発症リスクの高さはMMSE-5検査、VAT検査の結果により影響があることが示された。

7 日本のプライマリケアへの意味

*質の高い論文の要素
・シンプルでわかりやすいデザイン(方法と結果)
・結果がrobust
・臨床応用が容易
 > 良い論文の要素を兼ね備えている

*このような質の高い研究が日本のプライマリケア現場からも報告されることを期待

以上

このサイトの監修者

亀田ファミリークリニック館山
院長 岡田 唯男

【専門分野】
家庭医療学、公衆衛生学、指導医養成、マタニティケア、慢性疾患、健康増進、プライマリケア・スポーツ医学