TRICS3

post12.jpg【論文】
Mazer CD, Whitlock RP, Fergusson DA, et al; TRICS Investigators and Perioperative Anesthesia Clinical Trials Group.
Restrictive or Liberal Red-Cell Transfusion for Cardiac Surgery. N Engl J Med. 2017 Nov 30;377(22):2133-2144. doi: 10.1056/NEJMoa1711818. Epub 2017 Nov 12. PubMed PMID: 29130845.

【Reviewer】小林宏維

【Research Question】
心臓手術を受ける中等度-高度の死亡リスクがある患者で,全周術期の制限輸血戦略は非制限輸血戦略と比較して,死亡率や合併症の点で非劣性であるか

【わかっていること】

  • 輸血には重度感染症,TRALI(輸血関連急性肺障害),TACO(輸血関連循環過負荷),アレルギー反応などのリスクがある
  • 輸血に合併症がある以上、不必要な輸血を避けることは重要である
  • 上部消化管出血,敗血症,ICU入室患者(心臓手術患者除く)での制限輸血戦略は非制限輸血戦略と比較して死亡率を上昇させない(Villanueva, TRISS, TRICC)
  • 心臓手術を受ける患者は多くの赤血球輸血をうける
  • 周術期リスクの高い患者では,制限輸血戦略に伴う貧血関連の組織低酸素状態は死亡や合併症のリスクにさらすかもしれない
  • 予定心臓手術の術後患者に対する制限輸血戦略(Hb < 7.5 g/dL)は非制限輸血戦略(Hb < 9.0 g/dL)と比べて3か月以内の重症感染症と虚血イベントの発生に差がなかった(TITRe2)
  • American Association of Blood Banks 2016 Guidelineでは心血管疾患および心臓手術患者ではHb 8 g/dLでの輸血を推奨

【わかっていないこと】

  • 心臓手術の術中,術後の制限輸血戦略が非制限輸血戦略と同等の効果を安全に達成するか

【目的】
心臓外科患者に対する制限輸血戦略と非制限輸血戦略を比較して制限輸血戦略は安全であり、非制限輸血戦略は非劣性であるか検証すること

【仮説】
心臓外科患者に対する制限輸血戦略は非制限輸血戦略と比較して安全であり非劣性である

【PICO】
P 予定心臓外科手術患者
Inclusion Criteria: 18歳以上,人工心肺使用予定,EuroSCORE I 6以上
Exclusion Criteria: 輸血を受けられない,輸血拒否,術前に自己血貯血,心臓移植手術,補助人工心臓手術,妊娠,授乳
I 制限輸血戦略
C 通常輸血戦略
O 手術後から退院までの,あるいは28日までの複合アウトカム(全死亡,非致死的心筋梗塞,脳卒中,透析を要する新規腎不全)

【期間】2014年1月〜2017年3月

【場所】19カ国,73施設

【デザイン】
多施設オープンラベル非劣性RCT

  • 事前プロトコルの有無 あり
  • ランダム化の方法 Webベースの隠蔽された中央割り付け,コンピューターによるランダム生成、2-6でブロックランダム化、施設毎に層別化
  • マスキングの有無と対象者

マスキング有り アウトカム評価者
マスキングなし 患者,介入者

【N】5243人(5035人 + パイロット研究の208人)
制限輸血戦略群 2621名
通常輸血戦略群 2622名

【介入】
制限輸血戦略 術中・術後ともにHb < 7.5 g/dLで輸血

【対照】
非制限輸血戦略 術中・術後ICU入室中はHb < 9.5 g/dLで輸血,ICU以外ではHb < 8.5 g/dLで輸血

【共通】

  • 主治医は麻酔開始後から退院もしくは術後28日まで割り当てられた輸血戦略に従う
  • 最低限以下の時点でHb値を測定する:術前,人工心肺開始前,人工心肺中,人工心肺離脱後,ICU入室時,術後1・2・3・5・7・9・11日目
  • 閾値を下回っていたら赤血球輸血を1単位輸血し,Hb値をフォローする
  • 急速出血時,出血に伴う循環動態不安定時は割り当てられた輸血戦略から逸脱可,循環動態安定後もしくは逸脱24時間後までに割り当てられた輸血戦略に従う

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【主要評価項目】
手術後から退院までの,あるいは28日までの複合アウトカム(全死亡,非致死的心筋梗塞,脳卒中,透析を要する新規腎不全)

【副次評価項目】
全死亡,非致死的心筋梗塞,脳卒中,透析を要する新規腎不全,ICU入室期間,入院期間,人工呼吸器期間,低心拍出状態期間,感染症,腸閉塞,急性腎傷害,痙攣,せん妄,脳症

【解析】
サンプルサイズ計算 5000人
主要評価項目の発生を10%,検出力 90%(当初85%で計算し、3592人であったが途中で検出力をあげた。また、TRICS II のデータも含めることにした),片側αレベル 0.025,非劣性マージン 3%

  • ITT解析の有無:あるが主解析ではない
    主解析はper-protocol analysisで治療医による試験中断,同意撤回患者,プロトコル遵守が90%より少ない(非遵守率 = 非トリガー輸血/全輸血)患者を除外して解析
    修正 intention-to-treat analysis(手術を行わなかった、同意撤回を除外)も行う
  • 中間解析:あり Haybittle-Peto stopping rule(片側P=0.0001)
  • 早期中止:なし

【結果】

  • 集団特性:平均年齢 72歳程度で男性が64%.平均EuroSCORE 8程度,左心機能 Poor-Very poor が8%程度(殆どはEFの良い患者)、90日以内の心筋梗塞が23.1 vs 24.7%.CABGのみが26%程度,弁手術のみが29%程度.
    ベースラインは同等
  • フローダイアグラムの解釈:45667人のうち組み入れ基準に合致したのが14702名,同意が得られない・輸血できないなどで除外されたのが9459名(除外理由不明が2896名),最終的に5243名がランダム化された.
     手術を受けなかった54名,血管バイパスをしなかった63名,手術前に同意撤回した34名を除いた5092名で修正ITT解析を行った.追跡率は100%だったが、ランダム化からは151名が除外されているので、2.9%ロストしていることになる。
     介入継続不可・同意撤回の両群8名ずつ,プロトコル遵守率90%以下が制限群で117名,通常群で99名出現し,これらを除外した4860名でper protocol解析(92.7% 4860/5243名)を行った.

  • アドヒアランス
    制限群の52.3%,非制限群の72.6%が輸血を施行された.制限群は平均2単位,非制限群は平均3単位だった.術前,術中のHb値は両群間でほぼ差がなかった.ICU入室後より約Hb値 1 g/dLの差が両群間で認められ,制限群でHb 9 g/dL,通常群でHb 10 g/dL前後で推移した.

  • 主要評価項目
     per-protocol解析 制限群で11.4%,非制限群で12.5%に発生した.リスク差 -1.11%[ 95%CI -2.93-0.72],オッズ比 0.9[95%CI -2.93-0.72]であり,リスク差の95%CIは非劣性マージン3%以内であった.(28日死亡:3.0% vs 3.6% OR 0.85 (0.62-1.16, Stroke 1.9% vs 2.0%, HR 0.92 (0.61-1.38), MI 5.9% vs 5.9% OR 1.00 (0,79-1.27), Renal failure 2.5% vs 3.0% OR 0.84 (0.60-1.19)
     修正ITT解析 主要評価項目は制限群で12.3%,非制限群で12.9%に発生した.リスク差 -0.6%[95%CI -2.38-1.27],オッズ比 0.95[95%CI 0.81-1/12]だった.
    いずれの解析でも有意な差は認めなかった.

  • 副次評価項目
    すべての副次評価項目で制限群と非制限群に有意な差は認めなかった.

  • サブグループ解析
    75歳以上の患者で,主要評価項目に関する交互作用を認めた(オッズ比 0.70[95%CI 0.54-0.89])

【Strength・Limitation】
<Strength>

  • 国際多施設RCT
  • 術前にランダム化して,術中輸血から介入・評価している
  • アウトカム評価者は隠蔽化されている
  • プロトコル遵守についても評価されている
  • 循環動態不安定時の輸血は主治医判断であり実臨床に近い
  • per-protocol解析,修正ITT解析のいずれでも同じ結果を示している


<Limitation>

  • 治療者はマスキングされておらず制限群で治療が手厚くなった可能性はある
  • Hb値の差がプロトコル上の差より小さく,制限群ではHb < 7.5 g/dLでなくとも主治医判断で輸血されている可能性がある(それでも遵守率は90%以上であり,修正ITT解析でも有意差はなかった)
  • 退院後,あるいは28日以降の長期アウトカムについては不明

【論文の結論】
心臓手術を受ける中等度-高度の死亡リスクがある患者で,全周術期の制限輸血戦略(Hb < 7.5 g/dL)は通常輸血戦略と比較して,死亡と主要合併症の複合アウトカムの点で非劣性である

  • 飛躍していないか:この結論は,主要評価項目から得られた結果を正しく解釈しており飛躍していない結論といえる

【批判的吟味】
<内的妥当性>

  • Inclusion時点で除外理由が明らかでないのが2896名と多く,選択バイアスがありうる
  • 循環動態不安定の基準はなく,施設間・主治医間で判断が統一化されていない
  • オープンラベルのため,情報バイアス・パフォーマンスバイアスがありうる


<外的妥当性>

  • 肥満患者が本邦に比較して多い(平均BMI 28)
  • 術式は同等だが,術内容が当亀田総合病院と異なる可能性が高い(人工心肺時間や術中輸血量,90%以上の患者にトラネキサム酸投与)

【Implication】
 本研究では中等度-高度リスクの心臓手術患者を対象に輸血戦略を比較して,制限輸血戦略の非劣性を示している.この研究の新規性は術前にランダム化することで,術後輸血だけではなく術中輸血も介入項目として評価している点である.
 循環動態不安定時にはプロトコルを逸脱した輸血を許容しており,実臨床に近い.この影響から術中のHb値に両群間で差がなく,術後もプロトコル上よりもHb値の差が小さくなったものと思われる.
 TITRe2ではサブグループ解析で90日死亡率に差が認められており,長期アウトカムは今後の研究課題である.
 本研究から,循環動態が安定していればHb 7.5 g/dLを維持するように輸血する,不安定時にはこの制限に囚われないという戦略が想定される.他疾患の病態と同様に,可能な限り不必要な輸血をしないということが重要である.

【本文サイト】
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1711818

【もっとひといき】
American Association of Blood Banks Guideline JAMA. 2016; 316(19): 2025-2035.
TITRe2 NEJM. 2015; 372(11): 997-1008.
TITRe2:https://www.kameda.com/pr/intensive_care_medicine/post_9.html

【引用】

NEJM. 1999; 340: 409-417.
NEJM. 2013; 368(1): 11-21.
NEJM. 2014; 371(15): 1381-1391.

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このサイトの監修者

亀田総合病院
集中治療科部長 林 淑朗

【専門分野】
集中治療医学、麻酔科学