反射とは何ぞや1

 伊豆半島には南方系の魚が見られる。南からの海流と、夏の南風に乗って、運ばれてくるらしい。しかし、多くのものは越冬できない。ここでは、一夫一婦性でイソギンチャクを中心とする半径60cmの縄張りで暮らしているクマノミの産卵が確認されているに過ぎない。他のものは、冬の水温低下でエネルギーを使い果たしてしまうらしい。生命維持にとって、省エネは最大の関心事である。潤沢なエネルギー源があって初めて贅沢は許される。

 生物の進化の上で、贅沢になったものといえば、神経機構の贅沢さは天下一品である。生物の進化に伴い、神経機構は肥大してゆき、われらヒトに至っては体重の2-3%を神経機構が占めるに至った。しかし、すべての神経機構が均一に肥大した訳では無い。ステファンという科学者が、大脳を動物の種で比較する数式を考案し、大脳化指標EIなる値を求めた。原始的な動物であるテンレック科を1とした場合、ヒトの脳は33.73倍になったという。しかし、各部分で見ると、延髄は2.09倍しか大きくなっていないのに、大脳の新皮質は、なんと196.41倍になっているという。

 この肥大化した大脳新皮質がわれらヒト科の文化・文明を産み出す原動力であることは間違いのないことであるが、ここに誤謬が産まれる。

 「我考えるが故に我在り」は、はたして生物学的見地から容認できるものであろうか。生理学者も、解剖学者も同じ過ちを犯した。大脳新皮質を上位とする考え方である。例えば、運動神経については、大脳皮質の運動領野にある神経細胞を第一次運動ニューロン(primary motor neuron)、脊髄にあり、直接筋肉に指令を出している神経細胞を第二次運動ニューロン(secondary motor neuron)と命名した。英語のprimaryとは原始的なという意味もある。最後に発達した構造物のなかにある神経細胞をprimaryと名付けることに著者は反対である。

 そもそも、運動の基本は脊髄運動神経が末梢からの情報で反応することから発している。すなわち、脊髄の運動神経こそ"primary" motor neuronである。残念ながらステファンの表には脊髄の大脳化指標の値は記載されていないが、ヒトの延髄の大脳化指標が2.09であることを考えると、延髄に構造の似た脊髄は、延髄同様ヒト特有の発達は遂げてはいないと考えられる。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療