二足歩行3

 アメリカの脊髄損傷予防委員会では、海岸や河川に脊髄損傷予防キャンペーンの立て看板を置いている。曰く「飛び込む前に深さを計れ!」と。浅い水に頭から飛び込むと、頚の骨を折り脊髄損傷で四肢麻痺になってしまう悲惨な事故を予防しようと言うものである。脊髄損傷でも特に頚髄損傷にはこの飛び込みでの事故が多いのである。

 かつて我国の脊髄損傷に関する学会である「日本パラプレジア医学会」で高齢者の脊髄損傷についてのシンポジウムが開かれた。著者もシンポジストの一人として参加し、高齢者脊髄損傷の原因として転倒や家庭内の階段転落が多いという発表をしたところ、島根県の整形外科の先生からは島根県ではバイク事故が多いとの報告があった。

 ちなみに建築基準法では階段幅は手摺が有る場合、手摺のうちのりをもって階段幅とし、これが90cm以上ないと建築認可が降りない。住宅事情の悪い都市部では、この建築基準法の規制によって少しでも建築面積を減らすために手摺がない建物が販売されている。家庭内での転落事故による外傷は意外と多いものである。反対にお隣までの距離の遠い地方都市では、老人が足腰が弱まるとちょっと出かけるのにバイクに乗るのだと言う。

 ヒトが二本の足で歩くという動作は高度な運動機能を必要とする。二足歩行には神経機構だけではなく、筋肉・関節と言った運動器の全体が健康であることが重要である。老化の代表として「歯・目・ナントヤラ」の順番で起こるというが、てきめんに足腰が弱くなる。老化で衰えるのは神経機構ではなく、筋肉や関節であることが多い。

 老化ではなく脊髄損傷程重大なものではなくても、脳や脊髄の神経機構に病気があると歩行と言う作業はとたんに困難なものになってしまう。健康人は自分の二本の足で歩けることの有難さに気付いていないことが多い。

 大脳に障害がなくても、脊髄に障害があると足は突っ張ってしまい自由が利かなくなる。歩こうと思っても膝が曲がらない。ところが手を使って何とかバランスさえ保てれば、脊髄損傷の人でも立つことが可能なことが多い。重力に対抗して体を支えるという作業には大脳の直接的な司令は要らないようである。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療