脊髄は眠らない1

 マグロは一生泳ぎ続けるという。その最高速度は時速100kmをゆうに越し、時には160kmにも達するという。牛並みか、それ以上の500-900kgもの魚類としては大きな躰で運動し続けるのであるから、一生食べ続けなければならない。これでは、「生きるために食べるのか、食べるために生きるのか」わからない。マグロも眠る。眠っても速度を下げて泳ぎ続けるらしい。眠ったマグロが交通事故を起こすと相手は大怪我をするだろう。しかし彼等は止まるとエラを流れる新鮮な水が補給されなくなり、窒息して死んでしまうという。大脳がお休みしている間、延髄の呼吸中枢が働く代わりに脊髄が不眠不休の信号を出し続け運動し続けている。まさにマグロは「オンディーヌの呪い」を受けた生き物かもしれない。

 延髄の呼吸中枢が眠らないことは前にも述べたが、脊髄もまた眠らない中枢神経としてその位置を占める。マグロの例のみならず、鳥が小枝に止まってうたた寝できるのは脊髄での姿勢制御機構である反射によるものである。残念ながらヒトでは中枢からの指令系統が強力であるため、脊髄の自立性について忘れがちである。しかし、脊髄の反射回路は大脳皮質がお休みしてしまっている間も働き続けている。

 姿勢保持以外に脊髄が不眠不休で働いている作業に自立神経を介した反射がある。発汗は体温の恒常性を維持する上で重要である。いろいろな脊髄の病期で発汗に異常をきたすことがある。障害された部分で発汗しなくなったり、あるいは障害された部分で異常に発汗が多くなったりする。

 我々が横になっていると体の下の部分は汗が少なくなる。反対側の汗の蒸発しやすい部分では発汗量は増える。右を下にすると左の汗が多くなる。上を向いて寝ると背中の汗は少なくなる。皮膚の圧力センサーがその情報を脊髄に伝え脊髄で反射が起こる。大脳の働きは必要ない。大脳が眠り込んでもこの反射は働いている。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療