タヌキの交通事故2

 どんなスポーツでも、練習は全然出てこないのに試合になるとよい結果を出すとんでもない奴と言うものが世の中には居る。こういう奴は運動機能については一種の天才で、われわれ凡人には、トレーニングの効果に期待するしか方法はない。演算の組み立てと、演習そして再演算による誤差の修正を際限なく繰返し、誤差を修正して行く。しかしフォアボールで打者を出塁させてしまう。この絶望感は、投げるボールの予測軌跡と、実際の軌跡の誤差に起因している。こうした恣意的動作の誤差修正は小脳のメモリーに組み込まれるが、恣意的であるが故に反射回路には組み込めず、パターン化された動作ではないために誤差を生じる。しかし、いいかげんに物を投げる動作そのものは、パターン化され、大脳前頭葉がプログラムコールをかけるだけで、小脳の誤差修正の作用は必用無いように見える。

 「巨人の星」星飛雄馬は、スパルタ教育の権化のような父、星一徹の考案した「大リーガー養成ギプス」なる代物を腕に装着し、投球練習を行う。部屋の中から壁の穴を通ったボールは外の樫の木の幹に当たって正確にその壁の穴を戻ってくる。 針穴も通す正確なコントロールの訓練である。賢明な読者はお気づきであろうが、筋力トレーニングには意味があるかも知れないこの怪しげな装置を外したとたんに、それを付けて訓練した大脳-小脳のプログラムが全く役に立たなくなってしまう、有害無益なものである。精神主義の勝利のように語られている星飛雄馬の成功は、父星一徹のスパルタ教育の勝利ではなく、また、物陰から涙ながら応援してくれた姉明子の祈りが天に通じたものでもなく、飛雄馬自身の天性のスポーツ能力の勝利であったのである。

※このコンテンツは、当科顧問橘滋國先生の著書である「体の反射のふしぎ学ー足がもつれないのはなぜ?」(講談社 ブルーバックス 1994年)を元に改変・編集したものです。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療