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2020/6/5の私の抄読論文はトルコの脳外科からのもので頚椎の腹側髄膜種の摘出手術についてでした(Microsurgical Management of Ventral intradural-Extramedullary Cervical Meningiomas;Technical Considerrations and Outcomes;World Neurosurgery 2020 Mar.135:e748-e753;Eroglu U.,et. al.)。
要旨は上位頚椎の髄膜腫は後側方から椎弓半切の上歯状靭帯を切って脊髄を回転させれば全摘出可能な視野が得られる、下位頚椎であれば前方から椎体摘出して硬膜切開して全摘できる、でした。前者6例、後者2例の経験で一例再発も全例gross total resection 出来た、神経学的悪化も含め合併症なしという結果より 大いに検討すべき摘出方法であるとしています。示された術前MRIを見ますと、これらを摘出しようと考える脳外科医であればみんな同じ方法を考えるだろう、実際私も若いころに同様の上位頚椎腹側髄膜腫に対して全く同様の体位、皮膚切開、骨削りで全摘出したし、などと思いました。ただ1例を除きドレーンチューブを挿入しなかったというのはちょっとどうかなとも思いました。というのも硬膜内の手術ですから術後髄液漏れを懸念して陰圧のドレナージ設置は迷ううところです。これに関して髄液の管理についての記載がないところが気になりました。
というのも私の昔話ですが、師とあがめる元大津市民病院の脳・神経外科部長の小山素麿先生の一言をご紹介したいと思います。上記の自分の上位頚髄髄膜腫摘出成功例の術中ビデオを小山先生主催の動画研究会で発表した時です。どうだ、と感じで発表後の質問を受けていた私に先生は最後に次のようにコメントされました。
「どうしてくも膜を開けたんだ。髄膜腫とわかっていたら硬膜内くも膜外なんだからくも膜を開けないでとれるはずだ。見ていたら2回くも膜を切開しているじゃないか。髄液漏らさないでとれば術後患者さんは楽だろう。」
この一言はその後の自分の、脳を含めての髄膜種の摘出時に常に座右の銘として戦略上の最大のポイントとなりました。またこの考え方を知ったことで、当時トピックであった聴神経腫瘍摘出時のくも膜の解剖の大切さが理解できました。このポイントを押さえて摘出を行ってみると、確かに髄膜腫はくも膜外の腫瘍です。ただ脊髄ではそれなりに脊柱管占拠率が大きくなっていて脊髄も変形高度であることが多く開けてみるとくも膜の折れ返りはないように見えてしまいます。しかし一枚くも膜を切って腫瘍表面に達したと思ってもなんかくも膜のような薄い膜があるんです。これを腫瘍被膜だとかまわず摘出始めると被膜と思っていた膜はツルっと腫瘍表面からはがれ始めます。やはりくも膜なんです。これが小山先生が私の編集した拙いビデオをみて指摘した「2回切っている」ということなわけであります。くも膜の折れ返りとは聴神経腫瘍摘出でドイツのザミー教授らが議論、強調していた言葉でもあります。硬膜内髄外脊髄腫瘍を背側から摘出する場合、しつこく露出した腫瘍の背側最外側を探ることでこの折れ返りをみつけられることがあります。くも膜をはがされた髄膜腫は表面がゴツゴツしていることが多いようです。面の皮をはがされたとはこのことです。ただその後にくも膜を全く傷つけないで髄液出さないで手術を終われるかというと自分の経験では不可能でした。やはり師匠は師匠であり続けています。
このような観点からすると、この論文からはひょっとしてトルコの人には髄液がないの?!とも思ったりします。昔カロリンスカからの三叉神経痛にガンマナイフが有効であるという主張に対して、「スウェーデンの人は痛みに強いらしいが」と皮肉を込めて反論した論文があったことも思い出しました。
脊椎脊髄外科 三浦 勇
このサイトの監修者
亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫
【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療