胸椎黄色靭帯骨化症

1.病気について

 ヒトの神経には、脳からの命令を手足や身体各部に伝える運動神経と身体各部からの知覚情報(熱い・痛いなどの感覚)を脳に伝える知覚神経があります。これらの神経は人体の中心部では背骨の中の空間(脊柱管と呼ばれます)に保護されるような形で存在しています。この部分の神経は、脊髄と名付けられています。脊髄を入れている脊柱管は、胸部では12個の胸椎から成り立っています。これら12個の骨はいくつかの靭帯組織により連結されています。これらの靭帯の中で、脊髄の背側にあって各々の胸椎を縦につないでいるものが、黄色靭帯と呼ばれる靭帯です。
 黄色靭帯骨化症とは、この靭帯が通常の何倍もの厚さになり、なおかつ骨の様に固くなり(靭帯の骨化)、徐々に脊髄を圧迫してくる病気です。この病気は、欧米人に比して明らかに私たち日本人に高頻度に発生することが知られていますが、残念ながらなぜこのような靭帯の骨化が生じてくるのかに関しての原因は分かっていません。軽症の方や全く無症状で偶然発見される方も多いのですが、ある程度症状が進行する場合には現段階では手術治療が必要となります。

2.胸椎黄色靭帯骨化症の症状

 徐々に下半身がしびれてきたり、歩行が困難になってきます。時には道で転倒するなどの比較的軽症にも関わらず、外傷後急激に両下肢麻痺などの、きわめて重い症状が出現することがあります。また無症状で偶然画像検査にて見つかることもあります。排尿障害を伴うこともあります。この病気の進み方は患者さまにより様々です。軽いしびれや鈍痛で長年経過する方もいる一方で、数ヶ月から数年の経過で歩行がかなりの程度障害される場合もあります。歩行障害や下半身のしびれなどの症状が出現して、この病気が確認された場合には十分な経過観察が必要です。

3.胸椎黄色靭帯骨化症の治療法について

 先に述べたように、この病気の経過は様々であること、病気の進行が正確には予測できないことから、まずは慎重な経過観察を行います。保存的療法としては、ビタミン剤や筋弛緩剤が用いられます。経過中に症状が明らかに進行している場合には、手術療法の適応になります。

4.術目的および神経症状改善の限界について

 今回予定している手術には大きく二つの目的があります。
 脊髄を減圧することにより、

  1. 現在ある神経症状の改善
  2. 今後の新規症状の悪化予防

を目的とします。

 胸椎黄色靭帯骨化症に対する手術療法は、脊髄の減圧を目的としたものであり、すでに損傷を受けている脊髄機能を完全に回復させることは不可能です。術後神経症状の回復には限界があることを理解された上で、手術を受けられるかどうかを決断なさってください。

 神経症状の改善度は患者さまにより様々です。
 神経症状回復に影響する因子として、

  1. 脊髄症状の重症度
  2. 罹病期間
  3. 画像所見(多発病変、脊髄圧迫の程度、脊髄髄内の輝度変化など)

などがあります。羅病気間が長く術前神経症状が重篤な場合、また画像上脊髄の圧迫が高度で多椎間にわたって脊髄が圧迫されていたり、すでに脊髄損傷を認める場合には、術後神経症状の回復には限界があります。

5.胸椎黄色靭帯骨化症に対する手術療法について

 手術法としては、背中から行う胸椎後方到達法があります。この手術は腹臥位(うつぶせの姿勢)で行います。背中の真ん中に皮膚切開を行い、胸椎の両側に付着している筋肉を一度左右に開きます。次に手術用顕微鏡下に胸椎の後方部分の骨を削除し、脊髄の後外側方向から脊髄を圧迫している骨化病変を、脊髄を圧迫しないようにしながら慎重に削除する方法です。筋肉をできるだけ元の形に戻し、ドレーンと呼ばれる管を留置して閉創します。病変の大きさにもよりますが、通常は3〜4時間程度の手術時間を要する手術です。

6.退院の目安

 平均術後10日後に退院です。退院後も2週間程度の自宅療養を行い、退院後の生活に慣れてください。術後1月で通勤・通学を開始します。その後は日常生活に制限はありませんが、スポーツなどの開始時期は担当医にご相談ください。格闘技や背中に負担がかかるスポーツは控えてください。

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療