輸血関連急性肺障害 transfusion-related acute lung injury(TRALI)
TRALIは、輸血中や輸血後の急性呼吸不全で、鑑別診断に挙がる呼吸器疾患です。
TRALIは、稀ではありますが、致死的な輸血合併症です。
他科から呼吸器内科へのコンサルト症例でも、時々鑑別診断に挙がることがあるため、TRALIの最新知見をまとめました。
概念
TRALIは、ARDS(acute respiratory distress syndrome)の概念に含まれる、非心原性肺水腫であり、輸血中もしくは輸血6時間以内に発症するARDSと定義される。
(Crit Care Med. 2005 Apr;33(4):721-6.)
TRALIの発症率は、輸血を受ける患者の0.0081%〜0.0257%とされる。
(Am J Clin Pathol. 2005;124(4):601.)
(Blood. 2012;119(7):1757.)
(Blood. 2011;117(16):4218.)
病態
原因は未だ明らかではないが、次の2つの説がある。- 免疫学的仮説 主にドナー血液中の白血球抗体が原因であるという説。血液製剤に含まれている白血球抗体が、患者の白血球抗原と反応して、活性化され毛細血管内皮細胞を障害するという理論。
- 非免疫学的仮説(two-hit モデル) 患者の基礎疾患に加え、長期の保存した赤血球製剤もしくは血小板製剤中の活性物質が原因であるという説。患者の基礎疾患により好中球がプライミングされた状態になっており、そこに血液製剤中の生理活性物質が好中球を活性化して、毛細血管内皮細胞を障害するという理論。
(呼吸 2014;33:215-221)
(Br J Haematol. 2007;136(6):788.)
症状
典型的なTRALIは、輸血中もしくは輸血後6時間以内に発症する突然の呼吸不全である。 多くは輸血後数分以内もしくは1〜2時間以内に発症する。(Blood. 2003;101(2):454.)
(Blood. 2005;105(6):2266.) 49例のTRALIに関する後方視的検討では、低酸素血症(100%)、胸部X線上の肺浸潤陰影、ピンクの泡沫状痰(56%)、発熱(33%)、低血圧(32%)、チアノーゼ(25%)を認めた。
(Transfusion. 2010 Jan;50(1):213-20.)
リスクファクター
- 患者側のリスクファクター 89例のTRALI患者と、164例のマッチさせたコントロールとの比較を行った多施設前向き試験では、次がリスクファクターとして同定された。
- 製剤側のリスクファクター:全ての血液製剤で発症しうるが、次でリスクが高い。 新鮮凍結血漿(FFP)や血小板製剤
肝移植術
慢性アルコール中毒
ショック
人工呼吸管理における気道内圧高値
現喫煙者
IL-8高値
輸液過剰
(Blood. 2012;119(7):1757)
血漿を多く含む製剤
女性ドナーからの血小板製剤もしくは全血輸血
HLA classII抗体陽性製剤の投与
顆粒球抗体陽性製剤の投与
(Chest 2007;131:1308-14)
(Blood. 2012;119(7):1757.)
*抗白血球抗体が関与する免疫学的 TRALI の多くは、経産婦女性由来の輸血用血液が原因であるとされている。妊娠中、胎児の父親由来の白血球抗原に感作され抗体を産生すると考えられており、経産婦の17〜40%にHLAあるいはリンパ球傷害性抗体、1〜20%に顆粒球反応性抗体、0.1〜1%に顆粒球特異抗体が検出されると報告されている。
(Transufusion 1985;25:573-577)
(Transf Med 1992;2:143-149)
(Transufusion 1984;24:252-255)
(Br J Jaematol 71;1989;71:119-123)
診断
TRALIの診断基準を示す。
鑑別診断
- 輸血関連循環過負荷(TACO: transfusion associated circulatory overload) 輸血後の循環過負荷ための急性心不全を言う。輸血患者の約6%に生じたと報告されている。 (Transfusion 2011;51 :338-343)
- アナフィラキシー 輸血によるアナフィラキシーにより呼吸困難を呈することがある。喘鳴や咳嗽などの気道狭窄症状を呈する。
- 他の原因によるARDS 輸血開始前や輸血6時間以降のARDSであれば、輸血以外の原因を考える。
治療
TRALIを疑ったら、すぐに輸血を中止する。また輸血センターにTRALIの発症を報告する。酸素化障害に対して酸素療法を行う。必要に応じて、非侵襲的陽圧換気や、挿管・人工呼吸管理を行う。およそ70〜80%のTRALIもしくはpossible TRALIにおいて人工呼吸管理が必要となる。 (Am J Respir Crit Care Med. 2007;176(9):886-91)
(Crit Care Med. 2010;38(3):771.) 人工呼吸管理は、一般的なARDSの管理に準じる。 (Curr Pharm Des. 2012;18(22):3273-84.) ステロイドを使用したケースレポートは存在するが、ステロイド使用に関する無作為化比較試験は行われておらず、通常self limitedな経過を示す特徴もあり、TRALIにおけるルーチンのステロイド使用は勧められない。 (Chest. 2004;126(1):249.)
経過
多くの患者は、一般的に24〜48時間に低酸素血症は自然に改善する。呼吸機能も正常に回復する。将来的に安全に輸血も可能である。 (Transfusion. 1985;25(6):573.)(Transfusion. 2004;44(12):1774.) ただし、大多数は集中治療室入室や人工呼吸管理が必要となり、致死的となる患者も存在することは理解しておく。米国における輸血関連志望報告(2007年〜2011年)の中では最も多い死亡原因となっている。 (Fatalities Reported to FDA Following Blood Collection and Transfusion: Annual
Summary for Fiscal Year 2013)
予防
日本においては、2004年半ばよりTRALIに関与した白血球抗体陽性のドナー血液は、その後は輸血用には用いないこととしている。 (呼吸 2014;33:215-221) 女性ドナーからの血液でTRALIの頻度は高いため、特にFFPにおいては男性ドナーのものを利用する。 (Crit Care Med. 2008;36(6):1796.)参考文献
- Steven Kleinman, MD. Daryl J Kor, MD. Transfusion-related acute lung injury (TRALI) Up To Date. last update Dec 15 2015
- 岡崎仁. 輸血関連急性肺障害 呼吸 2014;33:215-221
このサイトの監修者
亀田総合病院
呼吸器内科部長 中島 啓
【専門分野】
呼吸器疾患