まず山に登ろう

年初に著名な作家である塩野七生さんと学習院高校の生徒達との対談の番組がありました。ある生徒が自分のやるべき仕事や、いわゆる天職をどのようにきめていったらよいのか質問したところ、塩野さんは次のように答えました。「まず山に登ってしまうのよ。一つの山に登ると次の山がみえてくるから、その山をまた登るのよ」と答えました。そして「ルネサンスの女たちを書いたらローマという山がみえてきた。だからそれを題材にしたのです」と続けました。塩野さんは処女作として「ルネサンスの女たち」を書いたあと、ルネサンスの時代よりずっと前のイタリアのはじまりであるローマ時代を理解せずにはその次にはいけないと感じたようです。そしてできたのが著名な「ローマ人の物語」です。私も愛読しています。

何か大事なことを決断するときに、あれこれ悩むのは人の常です。「このことは意味があることなのか?将来のことを考えるとこちらの方が有利ではないのか?自分はほんとうにそれが好きなのか?これをやっても認めてもらえないのではないか?」など心配事はつきません。塩野さんはあれこれ悩まずに、まず一つのこと(もの)を一生懸命になす(造る)ことで、次の展望が開けると生徒に伝えたかったのではないかと思います。

私にも心当たりがあります。40歳代の頃、私が考案した直腸がんに対する手術が術後の排便機能に良い結果をもたらしたので、米国の医学雑誌であるDisease of the Colon & Rectumに論文を投稿しました。その結論として「この手術が排便機能とともにQOLの向上に寄与した」と書いたところ、査読者から「QOLの向上に寄与した、という記載は認められない。それは患者がQOL調査票で評価されていないからだ」と回答がありました。QOL調査票で評価しない限り、QOLが改善したとは記載できないのです。この論文を契機にして私のQOL研究が始まりました。EORTC QLQ-C38、FIQL、PAC-QOLの日本語版の妥当性の論文を発表し、その後これらのQOL調査票を使用した手術成績の論文を欧米の医学雑誌に掲載しています。一つの研究を一生懸命に行った結果、次の展望がみえてきたのです。

医療人として、誰しも何かをなし得たいと願っているはずです。あれこれ悩まずに、関心があることをまず一生懸命にやってみようではありませんか。次の高い山をみるために。

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消化器外科 部長
角田 明良

このサイトの監修者

亀田総合病院
消化器外科部長 高橋 知子

【専門分野】
肛門疾患、排便機能障害、分娩後骨盤底障害