MINT
【論文】
Restrictive or Liberal Transfusion Strategy in Myocardial Infarction and Anemia
【Reviewer】
Satoru Robert Okazaki, Jason Yoshida
【Summary】
貧血を合併した急性心筋梗塞患者に対してHb7-8g/dL以上を目標にした輸血制限戦略と10g/dL以上を目標にした輸血非制限戦略では、30日時点での全死亡と非致死性急性心筋梗塞再発の複合アウトカムに有意差はなかった。しかし、ほぼすべての項目で輸血非制限戦略が予後が良い傾向があり、更に心臓死を含む一部の項目で有意な差を認めた。今後、リスクが高く輸血の恩恵を受けやすい患者群の同定・臨床試験が望まれる。
【Research Question】
急性心筋梗塞患者へ積極的に貧血を是正すると予後を改善するか?
【わかっていること】
理論上、輸血を行うことで心筋組織への酸素供給を改善させ、虚血による組織障害を減少させ、再発や死亡のリスクを減少させる可能性がある。一方、過度な輸血は輸血関連循環過負荷(Transfusion-associated circulatory overload;TACO)や感染症、血液の粘性を高めることによる血栓症、炎症のリスクを高めることが知られている。
小児を含む輸血閾値についてのRCT45件を統合したコクランレビュー(N=21433人)では、制限戦略と非制限戦略で死亡率や有害事象に差を認めず血液使用量が50%減少したことが示されている。しかし、心筋梗塞を合併した患者では研究が不足しているとされている。
急性心筋梗塞患者は貧血を合併することが多い。貧血を合併した急性心筋梗塞患者に対する輸血戦略を検討した先行研究では、30日時点の主要心血管イベントの予防について非劣性を示した。一方、心筋梗塞患者について検討した他の小規模RCTでは一貫した結果は示されてはいない。
【わかっていないこと】
急性心筋梗塞患者に対して輸血制限戦略は安全に死亡率や心血管イベントを減らすことができるか?
【仮説/目的】
貧血を合併する急性心筋梗塞患者において、制限的輸血戦略(Hb>7-8g/dL)は自由輸血戦略(Hb10>g/dL)と比較して30日までの全死亡または非致死性心筋梗塞再発のリスクを減少させる。
【PICO】
P:ランダム化前24時間以内に心筋梗塞及びHb<10g/dLの貧血と診断された18歳以上の成人
Inclusion Criteria:
- 18歳以上
- 入院時もしくは入院中にSTEMI or NSTEMIを発症(ランダム化24時間以内に確認)
- ランダム化時点でHb<10g/dL(ランダム化24時間以内の計測値)
Exclusion Criteria:
- ランダム化時点で出血がコントロールできていない
a.入院中に活動性の出血を認めても、出血がコントロールできれば登録可能 - 輸血を拒否している
- 心臓手術が予定されている
- 緩和ケアのみの治療コード
- 30日のフォローアップができないことがわかっている
- 以前MINTへ組み入れられた事がある
- MINTの介入やフォローアップを妨げる競合研究に登録されている、または倫理委員会に承認されていないその他の研究に登録されている。
※研究スタッフが入院時患者のスクリーニング(すべての患者のcTn値及びCCU入院患者、CAG施行予定患者)を行い主治医へ試験参加への承認を求めた。
I:ヘモグロビン値が7-10g/dLとなるように輸血を行う
C:ヘモグロビン値≧10g/dLとなるように輸血を行う
O:30日以内の全死亡もしくは心筋梗塞の複合アウトカム
【定義】
- Myocardial Ischemia(3rd Universal Definition of Myocarial Infarction criteriaに準じる)
- 心筋逸脱酵素(できればcTn)の上昇(必須)
+ - 下記から少なくとも1つを満たす
- 虚血症状
- ST-Tセグメントの新規変化もしくは新規左脚ブロック
- 異常Q波の出現
- 心筋バイアビリティの新規消失もしくは壁運動低下の画像所見
- CAGで冠動脈血栓を認める(Type1、Type2、Type4b/4c)
- 心筋逸脱酵素(できればcTn)の上昇(必須)
- Uncontorolled acute bleeding
- 緊急輸血(非クロスマッチ)もしくはO型血液が必要
- Anginal symptoms
- retrosternal chest discomfort
- chest discomfort described as pressure or heaviness
- Cause of death
- Cardiac
- Noncardiac
- Undetermined
【期間】April 2017-April 2023
【場所】アメリカ合衆国、カナダ、フランス、ブラジル、ニュージーランド、オーストラリアの144施設
【FUNDING】National Heart, Lung, and Blood Institute; the Canadian Blood Services; and Canadian Institutes of Health Research Institute of Circulatory and Respiratory Health.
【デザイン】
- 事前プロトコルの有無:あり( NCT02981407)
- ランダム化の方法:Web-based。施設で層別化したブロックランダム化(ブロックサイズ4−6)
- 隠蔽化の有無:あり
- マスキングの有無と対象者
治療者、患者、看護師●:なし
アウトカム判定者、統計解析担当者:あり
【N】 3506人
【介入】ヘモグロビン値もしくは症状をトリガーとして輸血を行う
【対象】組入後RBC1単位を輸血し、退院もしくは30日までHb≧10g/dLを維持する
【両群共通事項】
- 両群で輸血は1単位ずつ行い、必ずヘモグロビン値を確認した。
- 治療者が緊急輸血を必要とする活動性の輸血と判断したら上記プロトコールは中断された。
- すでにVolume overloadの患者では適切な利尿もしくは透析日までの輸血の延期は認められた。
- トロポニンとヘモグロビン値は少なくともランダム化初日は一日2回、その後2日間は一日一回の測定が求められた。
- 輸血以外の治療に関しては診療を行う医師の裁量に任された●
【主要評価項目】主要評価項目:30日以内の全死亡もしくは心筋梗塞の複合アウトカム
【副次評価項目】主要評価項目の各項目、及び30日以内の死亡、心筋梗塞、虚血への緊急冠動脈再建、心筋虚血を理由とした入院の複合アウトカム
※ランダム化30日時点で電話にて生活状況、QOL、再入院の有無を調査した。
※30日以内に再入院もしくは救急外来受診した患者に関しては、研究担当者が患者のカルテを評価し臨床所見とすべてのトロポニン値を収集した。
※ランダム化6ヶ月時点で、更に電話にて生活状況を評価した。
【解析】
- サンプルサイズ計算
- Power=80%、α=5%(両側検定)
- Control群の主要評価項目の発生率を16.4%、Intervention群の発生率を13.1%と想定(Relative difference 20%)
- ITTの有無:あり
- 解析方法
固定効果として治療割当を、変量効果は施設と設定した対数二項回帰モデル(log-binomial regression model)を用いた。 - 欠損値の扱い
欠損値と潜在的に関連のあるすべての測定値で補正後に多重代入法(multiple imputation by chained equation)により補正 - 感度分析
- 多変量解析や欠損値の補正を行わない30日時点の粗リスク
- Kaplan-Meier法とLog-rank解析による主要評価項目の累積リスクとその統計解析
- Post-hoc解析として事前に規定されたベースライン予後因子で調整後の対数二項回帰モデルによる主要評価項目の解析
【結果】
- フローダイアグラムの解釈(フォローアップ、除外)
フォローアップ率は98.3%。除外の理由も妥当。 - 集団特性(内的妥当性・外的妥当性)
内的妥当性:両群の背景因子は揃っており、内的妥当性は高い
外的妥当性:- 母集団が不明でありセレクションバイアスについて評価困難。
- 黒人白人以外の人種は6.6%
- 非喫煙者40.3%
- MI発症後からランダム化までの日数平均値(SD):3.2(4.2)
- 既往歴はそれぞれ以下の通り
- 心筋梗塞31.3%、PCI施行歴32.9%、CABG施行歴22.2%
- 心不全30.7%
- 心房細動25.4%
- COPD 23.3%
- 入院~ランダム化までに活動性の出血を認めた:12.1%
- 入院~ランダム化までに心不全と診断された23.0%
- 入院~ランダム化までに挿管・人工呼吸器管理:13.2%
- 入院~ランダム化までにRRT施行:12.1%
- ランダム化直近のCre中央値:1.4mg/dL
- ランダム化直近のeGFR<60:63%
- STEMI:19.2%、NSTEMI:80.8%
- TypeI MIが41.6%。三枝病変は39.9%、TypeII MIが56.3%(最多)
- ランダム化前のEF
- 55%以上(normal):41.2%
- 45-55%(mild):20.9%
- 30-45%(moderate):27.9%
- 30%以下(severe):10%
- アドヒアランス:良好
輸血非制限群と比較して、ランダム化初日、3日時点でのHb値はそれぞれ輸血制限群で1.3g/dL(95%CI 1.2-1.4)、1.6g/dL(95%CI 1.5-1.7)低かった。
総輸血量も輸血非制限群と比較して3.5倍であった。(4325単位 vs. 1237単位)
平均輸血単位数も2.5±2.3単位 vs. 0.7±1.6単位であった。
プロトコールバイオレーションは輸血非制限群で多かった(13.7 vs. 2.6%)- 輸血費制限群ではプロトコール違反の主な理由としては副作用、Volume overload、透析、輸血反応であった。
- 主要評価項目
30日時点での心筋梗塞再発もしくは全死亡率の複合アウトカムは輸血制限群で295/1749人(16.9%)、輸血非制限群で255/1755人(14.5%)であった。
粗リスクは1.16(95% CI, 1.00-1.35)
調整RRは1.15(95% CI, 0.99-1.34; P=0.07)
ベースライン予後因子で調整した多変量解析による感度分析でRR 1.16(95%CI, 1.00-1.36)と結果は一致していた。 - 副次評価項目
- 30日時点での全死亡:RR, 1.19;95% CI, 0.96-1.47
- 173/1749人(9.9%) vs. 146/1755人(8.3%)
- 心筋梗塞再発:RR, 1.19;95% CI, 0.94-1.49
- 8.5% vs. 7.2%
- 30日以内の死亡、心筋梗塞、虚血への緊急冠動脈再建、心筋虚血を理由とした入院の複合アウトカム:RR, 1.13;95% CI, 0.98-1.29
- 19.6% vs. 17.4%
- Kaplan-Meier法とLog-rank解析による主要評価項目の累積リスクとその統計解析
- 心臓死 5.5% vs. 3.2%;RR 1.74, 95%CI 1.26-2.40
- その他のアウトカムでは優位な差は認めなかった。
- TACOの発生率は輸血制限群で少なかった。0.5% vs. 1.3%;RR 0.35;95%CI, 0.16-0.78
【サブグループアナリシス】
ほとんどすべてのグループで結果は輸血非制限群に有利な傾向。
TypeI MI患者に関しては、輸血制限群は主要評価項目の発生が有意に高かった(RR, 1.32; 95%CI 1.04-1.67)
【Strength・Limitation】
<Strength>
- 先行研究と比較して患者規模が大きい。
- 除外基準が少なく、様々な種類の心筋梗塞を組み入れた点や併存疾患の制限を行わない様にデザインしたことで実臨床に即した研究となり一般化可能性が高い。
- 輸血プロトコールが容易かつ心不全患者や透析患者でのプロトコールも用意されており実臨床で実施可能。
- 両群のヘモグロビン値と輸血使用量に臨床的に有意な差を作り出すことができた。
- 臨床的に重要で有意なアウトカム設定であった。
- 30日フォローアップが98.3%と高率に完遂できた。
- アウトカムの測定を妥当性の高い方法で行うことができた。
<Limitation>
- 患者に対応する医療従事者が盲検化されていなかったため、血行再建や死因などに影響を与えた可能性がある。
- 輸血非制限群でのヘモグロビン値が目標値に到達していた割合は中等度であった(退院時86.3%)
【論文の結論】
飛躍していないか:していない
【批判的吟味】
<内的妥当性>
- WHOでの貧血の定義(男性13.0g/dL未満、女性12.0g/dL未満)とは異なるが、先行研究とは一致している。
- 母集団が不明ではあるが、積極的なスクリーニングと比較的Eligibility criteriaが広いため母集団との乖離は少ないと考えられる。
- 統計学的手法が厳密で感度分析も一致した結果が得られており堅牢性が高い。
- 理論的背景として、酸素消費量は心拍出量とヘモグロビン値に比例するが、心筋梗塞と心拍出量は必ずしも相関するわけではない。心拍出量については測定されていない。
- 死亡で差がついているものがほとんど心臓死のみ(97/1749人(5.5%) vs. 56/1755人(3.2%), RR 1.74(95%CI, 1.26-2.40)、その他はARR0.5%未満)だが、致死性の不整脈自体には差はない。更に心不全は輸血制限群で多く、心臓死が多い点と一致しない。
- 死亡人数に関しては主に入院中の死亡で差がついている(110/1729人 vs. 84/1718人)。Kaplan-Meier法では3日以降で差が開いているように見え、MIと診断直後よりも数日経過後〜入院中の死亡が多いことになる。一般的にMI発症直後が最も心機能が低下することが予想され、理論的背景と必ずしも一致しない可能性がある。
<外的妥当性>
- ほとんどアジア人が含まれない。
- 輸血の基準単位や値段が異なる。
- 日本の輸血製剤はすべて放射線照射されており、より安全性が高いとされているが、そもそも両群で副作用に有意な差は認めなかった。
- 本研究ではランダム化から退院もしくは死亡、Withdrawalまでの中央値が5日となっており、日本と入院期間が大きく異なることが予想される。この点は、入院中の死亡が両群で大きく異なったことから外的妥当性に関して重要な考慮事項である。
【Implication】
本試験ではヘモグロビン値10g/dL未満の貧血を合併した急性心筋梗塞患者に対してHb7-8g/dL以上を目標にした輸血制限戦略と10g/dL以上を目標にした輸血非制限戦略を比較した。結果として30日時点での全死亡と非致死性急性心筋梗塞再発の複合アウトカムに有意差はなかった。
理論的背景として、末梢組織における酸素運搬量は心拍出量とヘモグロビン値に比例する。そのため、心拍出量が低下している可能性がある急性心筋梗塞患者では、ヘモグロビン値を高めに維持することで酸素運搬を改善させる可能性が示唆される。
実臨床では酸素運搬能改善を期待しヘモグロビン値を高めに維持することもある。一方で感染やアレルギー反応、循環血漿量への負荷等を含めた輸血の副作用、コスト、医療資源としての管理については輸血のメリットと比較して過小評価されがちである。
今回、本研究での患者群では主要評価項目で有意差を認めなかった。結果自体は非常に堅牢性の高いデザインであり妥当性は高いと考えられる。しかし、副次評価項目で概ね輸血非制限群で有利な傾向があったことやFragility indexが2である(あと何人アウトカムが異なれば逆の結果になっていたかを示す数値)ことから、理論上支持される様にHb10g/dLを目標とした輸血管理が有利な患者群が存在する可能性は示唆される。しかしこの研究のみでは急性心筋梗塞患者に対する輸血戦略を変更するには不十分と考えられ、一律の輸血戦略の採用には至らないだろう。
本研究で有意差を認めなかった要因としては、本試験の患者群ではイベント発生率も15%と低く輸血療法の恩恵を最大限受けるPatient at risk集団ではなかったことが考えられる。また、急性心筋梗塞患者全員が必ずしも心機能低下しているわけではない。今回の試験では(Practicalではあるが)心拍出量の測定や推定は行われず、輸血にかかわらず酸素運搬能が保たれている患者が含まれていたことも一因かもしれない。今後、輸血療法の恩恵を最大限受けるPatient at risk集団の同定と臨床試験が望まれる。
【本文サイト】 Restrictive or Liberal Transfusion Strategy in Myocardial Infarction and Anemia
このサイトの監修者
亀田総合病院
集中治療科部長 林 淑朗
【専門分野】
集中治療医学、麻酔科学