microbiology round

先日のMicrobiology roundでは腸チフスを取り上げました。(1)

【語源】
enterica:腸に関する typhi:混迷を伴う発熱 typhus:雲がかった、霧の(2)

【歴史】
• 腸チフス(Enteric fever, Typhoid fever)は、typhoid salmonellaと呼ばれる細菌(Salmonella enterica sbsp enterica serovar Typhi, Paratyphi A)により引き起こされる、非特異的な発熱を伴う病気のこと。
• Typhoid(typhus-like)、すなわち、発疹チフス(typhus)に似た、という意味を持っており、19世紀のヨーロッパにおいて、腸チフスが、同時期に流行していたもう一つの長期間の発熱の原因である発疹チフスと臨床的に区別することが難しかった事実を反映している。
【微生物学的特徴】
• Salmonella enterica subspecies entericaという種・亜種に属する通性嫌気性、無芽胞性グラム陰性桿菌である。
• SalmonellaはO抗原、H抗原およびVi抗原によって各種の血清型(2500種以上)に型別される。(3)
• Salmonella enterica subspecies enterica serovar Typhiは習慣的にSalmonella Typhiと記載されることがある。
• Salmonella Typhi, Salmonella Paratyphi Aは臨床的にチフス性サルモネラと分類され、それ以外の病原性のあるS. entericaを非チフス性サルモネラと呼んでいる。これらは同じ種に属しており、血清型により分類される。
• S. TyphiはVi抗原を持つ菌であることから、莢膜様構造に似た被膜が認められることがある。
• SS寒天培地上の特徴は、35~37℃で18~20時間の培養で、硫化水素非産生(コロニーが黒色にならない、または中心部がごくわずかに黒色になることがある)。無色透明のS形コロニーを形成する。また、血液寒天培地上のコロニーは無色透明、BTB乳糖寒天培地上では青色を呈する。

【疫学】
• 低中所得国、特に南アジア、東南アジア、アフリカで流行。田舎よりも都市部で多い。
• 散発地域ではほとんどが旅行関連。南アジア、特にインド旅行者のリスクが高い。
• 感染は主に糞便で汚染された水や食物の摂取によって起こる。
• 流行地域における非加熱の水摂取、ストリートフードの摂食は感染のリスクである。
• 菌血症は5歳未満の小児で多い。
• 腸チフスから回復し、慢性の保菌者として便や尿に排泄を続ける場合もある。

【臨床的特徴】
• 3日以上の発熱があり、過去1-6週間以内に高蔓延地域での暴露がある場合には腸チフスを疑う。
• 症状は非特異的であり、インフルエンザ様症状(発熱、頭痛、悪寒、咳嗽、筋肉痛)、腹部症状(食欲不振、腹痛、嘔気、嘔吐、便秘、下痢)などがある。
• 腹痛は軽度で局在がはっきりしないことが多く、局所所見のない発熱だけが唯一の症状であることもある。
• バラ疹(1-4mmの淡いピンク色の斑点)は合併症のない腸チフスではまれである。
• 比較的徐脈は古典的な徴候として知られているが、多くの患者では認めない。
• 消化器系の合併症には消化管出血、消化管穿孔があり、神経学的な合併症として脳症、脊髄炎、髄膜炎、Guillain-Barre syndromeなどがある。
• 潜伏期間は通常1-2週間だが、摂取した病原体数により3-60日間と幅広い潜伏期間を示す。
• 未治療の場合は4週間程度発熱が持続することがあり、解熱後2週間以内に最大10%程度の症例で再燃する。再燃時の症状は通常、初回より軽度である。

【診断】
• 血液培養の感度は40-80%程度、最近のメタアナリシスでは感度59%と推定されている。(4)
• 便培養の感度は小児で50%、成人で30%である。
• 骨髄培養の感度は80-95%程度と高いが、実際的ではない。
• 血清学的検査 (widal test) は感度、特異度に問題があり、既感染やワクチンの影響を受けるため有用ではない。
• 培養の感度、特異度に限界があり、培養陰性であっても臨床的に強く疑い場合には治療を行うことは理にかなっている

【治療】
• 初代第一選択:クロラムフェニコール、アンピシリン、ST合剤。1980年代にこれら3剤すべてに耐性の多剤耐性(MDR)サルモネラ菌株が拡散した。
• フルオロキノロン:世界の多くの地域で推奨される治療薬である。第三世代セファロスポリンと比較して再発率やキャリア状態になるリスクが低いとされる。南アジアではフルオロキノロン耐性株が増加している。ナリジクス酸耐性は、フルオロキノロンへの感受性低下を示す代用マーカーとして使用されることがある。
• 第三世代セフェム:フルオロキノロン感受性が低下したサルモネラ菌株の出現により、経験的治療の選択肢が第三世代セファロスポリン系抗菌薬にシフトしている。短期間(7日以内)のセフトリアキソン投与は再燃と関連している。
• アジスロマイシン:MDRおよびフルオロキノロン非感性の腸チフス治療に優れた選択肢である。7日間投与は臨床的失敗率が低く、第三世代セファロスポリンよりも再発が少ない。
• ショック、及びせん妄や意識障害を伴う重度の脳症を合併している場合、高用量のデキサメタゾンを併用する。
• 慢性保菌(1年以上)は胆嚢癌と関連していると考えられているが、除菌を行うことで癌のリスクを減らせるかどうかは不明である。
• 慢性保菌者が食品を扱う職業に従事している場合、公衆衛生的な観点から除菌が必要となる。28日間のシプロフロキサシン投与により80-90%の有効性で除菌できる。
• ポリサッカライドワクチンの接種により、腸チフスに対して50-80%の予防効果がある。

【参考文献】
1. Andrews JR, Harris JB, Ryan ET, Charles R. 102 - typhoid fever, paratyphoid fever, and typhoidal fevers. Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases. :1300-1313.e4.
2. Species: Salmonella typhi [Internet]. [cited 2025 Aug 1]. Available from: https://lpsn.dsmz.de/species/salmonella-typhi
3. 細菌の検査 各論|神奈川県衛生研究所 [Internet]. [cited 2025 Aug 1]. Available from: https://www.pref.kanagawa.jp/sys/eiken/002_kensa/02_microbe/detailed.htm
4. Antillon M, Saad NJ, Baker S, Pollard AJ, Pitzer VE. The relationship between blood sample volume and diagnostic sensitivity of blood culture for typhoid and paratyphoid fever: A systematic review and meta-analysis. J Infect Dis. 2018 Nov 10;218(suppl_4):S255–67.

このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育