大きな開腹手術術前の鉄剤静脈投与の有効性

Journal title
Preoperative intravenous iron to treat anaemia before major abdominal surgery(PREVENTT):a randomised, double-blind, controlled trial
Toby Richards et.al, Lancet 2020; 396: 1353-61

論文の要約
<背景 >
術前の貧血は大きな待機的手術を受ける患者の30-60%に影響を及ぼすことがわかっており、輸血や合併症の増加、入院期間の延長、転帰不良と関連する。
貧血の最大の原因は鉄欠乏であり、手術患者では鉄代謝異常の原因となりうる炎症や慢性疾患がしばしば存在する。そのような患者の場合には鉄の吸収障害をしばしば合併し、経口よりも経静脈的な鉄剤の投与が貧血の是正に効果的である。
イギリスのNational Health Serviceの2020-2021年の診療ガイドラインでは500ml以上の出血が予想される患者は、少なくとも術前2週間前から、貧血のスクリーニングを行い、必要であれば経静脈的な鉄剤投与が推奨されている。
しかし、上記推奨の根拠となっている臨床研究は対象患者の鉄パネルが不明であるなど研究自体の質が低い。また鉄剤投与の効果がないとの研究結果も報告されている。
そこで、ガイドライン上の推奨と先行研究での相違を検証するために、大きな開腹手術を受ける際に術前の鉄剤の静脈投与が輸血頻度、死亡、合併症、生活の質を改善するかを調べた。

<方法>
イギリスの46箇所の3次医療センターで行われた多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験であり、期間は2014年1月6日〜2018年9月28日まで行われた。
対象は大きな開腹手術を受ける術前10日〜42日前の18歳以上の貧血患者とし、以下が除外された;体重が50kg未満、腹腔鏡下手術、鉄欠乏性貧血以外のはっきりとした貧血の原因がある、過去12ヶ月以内のエリスロポエチン・鉄剤の静脈投与、肝障害、透析、妊婦や授乳婦、アレルギーの病歴があるもの。
主要評価項目として、輸血および死亡の複合転帰、ランダム化から術後30日後までの輸血頻度が検討された。副次評価項目としては、術後30日・6ヶ月時点での輸血総単位、ランダム化時点から手術日・術後8週間後・術後6ヶ月後のHb値の変化、術後合併症、ICU滞在日数・総入院日数、予定手術日から術後30日後までの生存日数と退院日数、術後8週・6ヶ月後における再入院、Health related QOL, HRQoL(MFI questionnaire, EQ-5D-5L)が検討された。両群間での有害事象の解析やサブグループ(年齢、性別、BMI、手術内容、Hb値、フェリチン値、トランスフェリン酸素飽和度)も検討された。
サンプルサイズは、プラセボ群の輸血のリスクを40%、介入群で術後30日までの輸血・死亡複合転帰絶対リスク減少率が14%と仮定し、5%がフォローアップを完遂できないと考え、α=5%、Power=90%と設定し、500人と計算された。主要評価項目の輸血および死亡の複合転帰、輸血頻度はそれぞれ二項回帰分析、負の二項回帰分析を通して評価されている。

<結果>
本試験に登録された487人のうち介入群に244人、対照群に243人が割り当てられた。
両群の平均年齢は66歳、55%前後が女性、ASA grade2-3の患者が85%程度を占めていた。 主要な合併症は高血圧37%、糖尿病15%、心筋梗塞の既往7%、脳梗塞またはTIA3%、腎障害16%、呼吸苦・COPD・気管支炎・喘息などの呼吸器疾患21%、鉄欠乏の存在が判明している患者はプラセボ群28%、介入群29%であった。全患者のうち461人(95%)が手術を受けており、ランダム化から平均15日後に手術を受けた。手術の複雑さは両群間で類似しており、上部消化管手術が34%、婦人科手術が30%、結腸・直腸手術が15%占めていた。上述の通り、患者特性は両群間で類似していた。
主要評価項目については、全体で136人(29%)が輸血を受ける、または死亡しており、両群間で輸血および死亡の複合転帰(プラセボ群:28% vs 介入群:29%、rate ratio 1.03 95%CI0.78-1.37, p=0.84%)、輸血頻度(プラセボ群:平均4.7回 vs 介入群0.44回、rate ratio 0.98 95%CI0.68-1.43, p=0.93)は有意差を認めなかった。サブグループ解析でも主要評価項目に関して有意差は認めなかった。
副次評価項目については、ベースラインのHb値は両群とも類似していたが(プラセボ群:mean 111.0[SD11.9]g/L、介入群:111.2[SD11.8]g/L)、手術日当日(mean difference4.7g/L, 95%CI2.7-6.8)、術後8週後(mean difference10.7g/L, 95%CI7.8-13.7)、術後6ヶ月後(mean difference7.3g/L, 95%CI3.6-11.1)では介入群の方がHb値が高かった。また、術後8週における再入院率は介入群で有意に低く(プラセボ群:22% vs 介入群13%、0.61,95%CI0.40-0.91)、術後6ヶ月後は有意差は認められなかったものの少なかった(プラセボ群32% vs 介入群26%、0.78, 95%CI0.58-1.04)。その他の副次評価項目に両群間での有意差は認められなかった。

Implication
本研究において待機的な大きな開腹手術を受ける貧血患者に対して術前10-42日前の鉄剤静脈投与は術後の輸血頻度・死亡割合をプラセボ群と比較して減少させなかった。
批判的吟味として1国ではあるものの多施設研究で、割付の隠蔽化がなされ、盲検化もおこなっており内的妥当性は高いが手術の対象疾患・術式・手術時間・術中出血量など交絡と考えられる要因について見当されていない。4年間の研究期間に対して487人と少なく予定サンプル数に足りていないため選択バイアスも懸念される。また同時に一般化可能性を損なう可能性がある。これらの弱みはあるものの、2019年に発表された貧血患者に対する術前の鉄剤静脈投与の有効性を検証したCochran Review Of iron therapy for preoperative anaemiaと同様であり、現存する臨床試験結果からは開腹手術を受ける貧血患者は全例が鉄剤静脈投与の適応とはならならないといえる。

post262.jpg


Tag:

このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科