病院到着前における出血リスクのある外傷患者に対するトラネキサム酸投与

Journal Title
Tranexamic Acid During Prehospital Transport in Patients at Risk for Hemorrhage After Injury
A Double-blind, Placebo-Controlled, Randomized Clinical Trial
JAMA Surg. Published online October 5, 2020. doi:10.1001/jamasurg.2020.4350

論文の要約
<背景>
外傷は世界の中でも死亡率上位であり、出血リスクのある外傷患者の管理は時代とともに変化してきた。
外傷患者への初期治療後のトラネキサム酸による抗線溶療法は、予後の改善に寄与しているとされ、過去の研究に基づき、ガイドライン上でも院内でのトラネキサム酸投与を推奨している。
しかしトラネキサム酸を外傷センターで評価される前の環境で投与するメリットやデメリットについては不明である。
筆者らは本研究で、出血リスクのある外傷患者に対して、病院到着前のトラネキサム酸を投与することで、30日死亡が改善すると仮定し、プラセボ群と比較した。

<方法>
アメリカの4つのLevel1外傷センターで行われた2重盲検ランダム化比較試験である。患者群は受傷から推定2時間以内、かつ参加施設に搬送されるまでに収縮期血圧90以下、もしくは心拍数110回/分以上に一度でもなった患者が組み込まれた。
介入群では、病院到着前にトラネキサム酸1gを溶解した10ml溶液を生理食塩水100ml加え10分間で投与し、対照群ではプラセボ滅菌水10mlを生理食塩水100mlに加え10分間で投与した。介入群ではさらに3つのレジメンに割り付けられ、病院到着後にトラネキサム酸1gを溶かした生理食塩水100mlを10分間で投与した群、トラネキサム酸1gを溶かした生理食塩水100mlを10分間で投与した後、さらにトラネキサム酸1gを溶かした生理食塩水100mlを8時間かけて投与した群、そしてプラセボを投与した群に分けられた。
主要評価項目は30日時点での全死因死亡割合が設定された。副次的評価項目としては、24時間時点、および院内死亡割合、多臓器不全発生割合、肺塞栓や深部静脈血栓症の発生件数などが設定された。
サンプルサイズは、介入群で9%、対照群で16%の死亡率を想定して、90%パワー、α=0.05と設定し、994人のサンプルサイズが必要と算定された。本研究は、研究期間の遅延と資金の限界から、当初予定した93%の903名のサンプルサイズで終了した。主要評価項目については、Mantel-Haenzel検定を用いて比較された。主要評価項目の欠損値に関しては多重代入法を用いた。

<結果>
2015年5月1日-2019年10月31日の期間に救急搬送された6559人のうち、927人がランダム化された。そのうち24人が除外され、447人がトラネキサム群投与群、456人がプラセボ群に割り付けられた。
主要評価項目では、トラネキサム群投与群で36人(8%)、プラセボ群で45人(10%)であった。
両群での主要評価項目について差はなかった(8.1% vs 9.9%, 95%CI -5.6% to 1.9%; P=0.17)。
両群での有害事象については、心筋梗塞や深部静脈血栓症、脳卒中などの項目について発生件数で比較されており、トラネキサム群投与による有害事象の増加は認められなかった。(発生件数:トラネキサム群投与群8件 vs プラセボ群21件、深刻なイベント:トラネキサム群投与群4件 vs プラセボ群7件)。
事前設定されたサブグループ解析では、プラセボ群と比較して、トラネキサム酸を3g投与した群で有意に30日死亡割合が低下した(7.3% vs 10.0%; difference, −2.7%; 95% CI, −5.0% to −0.4%; P = 0.04)。また、受傷後1時間以内に投与された群と病院到着前のバイタルが収縮期血圧70mmHgを切った患者で有意に30日死亡割合が低下した。

Implication
本研究では、外傷患者に対する病院到着前のトラネキサム酸投与は30日死亡割合を改善させなかった。本研究のInclusion Criteriaはバイタルでの組み込みをおこなっており、わかりやすくシンプルである点は強みと言えるが、外傷患者において、実際に出血によりバイタル変動が出ていたかどうかは救急搬送時には判断がつかない場合があり、出血リスクについての判定は正確でない可能性がある。さらに、本研究は当初想定していたサンプル数よりも少ないサンプル数で終了し検出力不足の可能性がある。事前設定された効果量は過去のものよりも大きいため、有益性を証明することが出来なかったと考えることも出来る。企業側からのCOIもある点含め内的妥当性における弱みと考えられる。
しかしながら、安全性については本研究においても示され、サブグループ解析の結果はトラネキサム酸投与で死亡改善の傾向があり、薬価も安く、病院前のトラネキサム酸投与は有望な仮説と言えるだろう。

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このサイトの監修者

亀田総合病院
救命救急センター センター長/救命救急科 部長 不動寺 純明

【専門分野】
救急医療、一般外科、外傷外科