シン・アイオワ便り2 「アメリカへの臨床留学は何のためにするのか? ― 臨床留学とは?」

アイオワ大学麻酔科
Clinical Associate Professor
杉山 大介

イオワ大学麻酔科で勤務を開始して、1年が経過しました。
このたび、「シン・アイオワ便り2」を寄稿させていただきたいと思います。
おそらく、本稿をお読みになっている方の中には、海外、特にアメリカでの臨床留学に興味をお持ちの方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。第1回をお読みになっていない方は、私がここアイオワ大学へ臨床渡米に至った経緯などについて、まずはそちらをご参照いただければと思います。
https://www.kameda.com/pr/anesthesiology/post_242.html)

前回のエントリーでは、アイオワ大学麻酔科に採用される際のトラックについては次回以降で触れたいと書きました。しかし、この半年ほどの間に(すでにご存知の方も多いかと思いますが)状況は大きく変化しました。前回、私がUSMLEを受験することなくこちらで採用してもらったことについて触れましたが、現在その門戸は以前にも増して狭まりつつあるように感じています。

具体的には、私はH-1Bビザでアメリカにて雇用されていますが、このH-1Bビザの新規発給にあたり、申請者側が100,000ドル(日本円で1500万円以上)を支払わなければならない制度変更が行われました。この変更により、2026年1月現在、アイオワ大学ではアメリカ国外からの新規麻酔科医採用を一時的にストップしています。

この制度変更以前には、アイオワ以外の地方都市においても、アメリカ国外から(それもUSMLEを取得していなくても)麻酔科医をリクルートしようという動きが見られていました。しかし今回の変更は、そうした流れに冷や水を浴びせる結果となったことは間違いありません。現在は“裏ルート”的にアメリカで臨床を行うこの道は、現在ではかなり狭き門になっていると感じます。

その意味では、これまで通りの“表ルート”、すなわち米国医師国家試験(USMLE)に合格し、ECFMG認証を取得した上で、アメリカのレジデンシープログラムにマッチし、専門研修を修了して米国専門医資格を取得するという道が、王道として今も開かれているルートであると言えるでしょう。

一方で、アメリカの地方、とりわけ大学病院などのアカデミックポジションにおいては、患者数の増加や病院経営の観点から麻酔科医への需要は非常に高く、日本と同様に慢性的な人手不足が顕著です。そのため、私が採用されたような門戸が、今後また開いたり閉じたりする可能性は十分にあるとも思っています。時間を要する表ルートが難しい場合でも、私のような形での臨床留学を考えるのであれば、常に情報へのアンテナを高く張っておく必要があると感じています。


今回、アイオワ大学麻酔科に臨床医として赴任するにあたり、約8年前の研究留学中に、アイオワで臨床医を目指す「Alternate pathway」への挑戦について日本の上司に相談したときにいただいたアドバイスが、今も強く心に残っています。

  • 麻酔科医は外科医と違い、アメリカで多くの臨床を経験したからといって、日本の教授に招聘されるわけではない。麻酔成績(死亡率)に麻酔科医間で大きな差はないからである。少なくともアカデミアにおける麻酔科医の評価は、論文数、論文の内容、そしてどのような一連のライフワークを行ってきたかに尽きる。この点は、外科医の臨床留学とは大きく異なる。
  • アメリカで臨床を行う理由は何か。その意味を自分の中で明確にし、消化しておく必要がある。海外での生活を選んだ日本人医師が、日本の医学教育の不備に文句を言い続け、結局10〜20年後に帰国して、また同じように文句を言っている姿をよく見かける。そういう医師にはなってほしくない。
  • 臨床留学において最も重要なのは、アメリカの臨床システムを学ぶことである。
  • 最終的には、日本であろうとアメリカであろうと、安定したポジションを得なければ自分が本当にやりたいことはできない。その基準はどこでも共通で、「あなた自身がどのような新しい学問分野や臨床分野を作ったのか」に尽きる。
  • 本気で海外でやろうと考えるなら、外国人MD researcherとしてPIになるしかない。そのためには、ライフワークを見つけ、新たな概念を確立していく必要がある。その際、「アイオワでうまくいかなかったら日本に帰ればいい」と考えるべきではない。退路を断たずして、何かを成し遂げることはできない。

今思い返しても、背筋が伸びる言葉ばかりです。紆余曲折を経て一度日本に帰国しましたが、それでも捨てきれなかったアメリカ臨床への憧れがあり、今回の渡米に至りました。このときにいただいたアドバイスは、今でも私の中で強く生き続けています。


こちらで臨床を始めて1年が経過しましたが、正直なところ、ライフワークを確立できているわけでもなく、毎日を「生き延びる」ことだけに必死な日々です。それでも、1年経った今でも、毎日数多くの新しい経験があります。こちらに来る前日本にいた最後の頃には、どこか自分が“半分着地”してしまっていて、新しいことの少ない日常の中で、惰性で役割をこなしていた部分があったように思います。

将来のことはまだ分かりません。しかし、今は毎日、緊張感(英語レベルが極端に低いという理由も大いにありますが)とともに、新しいことを経験できていること自体に大きな価値を感じています。この年齢になっても日々学び続けられる環境に身を置けていることは、本当にありがたいことだと感じています。

日本とは異なり、日常的に医療へアクセスしてこなかった患者さんが多く、さらにアメリカ中西部特有のBMI40、50を超える高度肥満の患者さんも珍しくありません。そのような患者さんを相手に麻酔を行うことは、気道確保一つとっても、日本では近年あまり感じることのなかった緊張を伴います。気管挿管が無事にできただけで、毎日ほっと胸をなで下ろすことも少なくありません。挿管困難は常に目の前にある危機です。産科麻酔でBMIが日本とは大きく異なる患者さんを対象とする際には日本とはまったく別物のように感じられます。日本にいた頃には「産科麻酔好き」と公言していましたが、今は心境は変化しています。術前状態が極めて悪い患者さんも多く、術中に急変することも決して稀ではありません。そうした中で、自分が麻酔科医になりたてだった20年前に感じていた困難さ、そしてそれを乗り越えたときの達成感や充実感を、久しぶりに強く感じられています。それこそが、私が麻酔科を選択した大きな理由だったのだと、改めて実感しています。

また、そのような困難な状況は、患者さんにとっても、外科チームにとっても、麻酔科医の必要性や重要性が非常に分かりやすい形で存在していることでもあって、求められてそれに応えられるという点に大きなやりがいを感じることもあります。朝に100列近い症例が一斉に動き出し、年間4万件の手術を可能にしているシステムやマンパワー、そしてリソースについても、学ぶべき点は本当に多いと感じています(この点については、また別の機会に書きたいと思います)。


亀田総合病院麻酔科のシステムは、このアイオワ大学のシステムを多く取り入れており、私自身も2019年からその改革に携わってきました。そのため、私自身はあまり違和感なく現在の環境に適応できていますが、日本で麻酔業務に携わっている多くの方にとっては、目から鱗の部分も多いのではないかと思います。その点についても、今後あらためてご紹介できればと考えています。

アイオワは11月から4月頃までが冬の季節で、曇り空が続き、日照時間も短く、気温は氷点下の日々が続きます。私は過去に5年間ここで生活したことがあるため、こうした環境もどこか懐かしく感じていますが、それでも、外房のカラッと晴れた空の下、太平洋を一望できる亀田総合病院からの冬晴れの景色が恋しくなることもあります。

望郷に駆られすぎる前に、今回のエントリーはこのぐらいにしておきたいと思います。またお会いしましょう。

このサイトの監修者

亀田総合病院 副院長 / 麻酔科 主任部長/亀田総合研究所長/臨床研究推進室長/周術期管理センター長 植田 健一
【専門分野】小児・成人心臓麻酔