ハーバービューメディカルセンター見学体験記

【はじめに】
私は、2022年3月に日本医科大学を卒業し、同年4月に当院の初期研修医として勤務開始しました。私の学生時代はちょうどコロナ禍の影響で、多くの病院実習が中止となり、6年次では予定されていたアメリカでの病院実習も中止となってしまいました。
そうした中で、私は当院の初期研修プログラムにおける海外研修制度を利用して、2024年1月16日から2週間、米国ワシントン州シアトルにあるワシトン大学付属病院(University of Washington Medical Center, 以下「UWMC」)、およびその関連の民間病院である、ハーバービューメディカルセンター(Harborview Medical Center, 以下「HMC」)において麻酔科研修を行わせて頂きました。
ワシントン大学医学部は全米でも高い知名度を誇っており、その附属病院での貴重な体験について簡単ではありますが、皆様方に病院研修の体験記をご報告させて頂きます。

【麻酔科のきっかけ】
私が当院の初期研修に応募した時は、当初外科医志望として採用されました。
学生の時は、コロナ禍の影響で、麻酔科をはじめとして病院実習の機会がほとんどありませんでした。そうした中で、当院の麻酔科で初期研修を受けるまでは、将来の専門分野として麻酔科を考えたこともありませんでした。
その後の初期研修の中で、当院麻酔科の上級医の先生方の丁寧なご指導のもと、次第に麻酔科に興味を抱くようになっていきました。
そして、2024年4月からは当院麻酔科にて後期研修を受けることに決めました。

【海外研修について】
日本とは異なる新しい環境での病院研修を通して、より麻酔についての見識を深め、視野を広げ自分の成長に繋げたいと考え、今回の海外研修を志望致しました。
研修先については、当院副院長・当院麻酔科主任部長である植田健一先生のご紹介を受けて決定しました。そしてHMCに勤務されている南立宏一郎先生をご紹介頂き、HMCでの病院見学の機会を頂きました。加えて、南立先生よりUWMCに勤務されている深澤恭太先生をご紹介頂き、UWMCでの病院見学の機会も頂きました。
多くの先生方の格別なご配慮により、貴重な経験を得ることができました。

【病院実習について】
2週間の研修期間の中で、HMC/UWMC手術室での麻酔の見学、外来クリニックでの診療見学、pre-op roomでの区域麻酔チームの処置見学、NORA (Non Operating Room Anesthesia)の見学、Cardiac ICUの見学といった様々な体験をさせて頂きました。

1.HMC/UWMC手術室における全身麻酔見学
合計5日間に渡り、心臓麻酔、ロボット支援下手術、HIPEC(hyperthermic intraperitoneal chemotherapy)、尿路結石破砕術、肺切除術、腎移植、肝移植など幅広い分野の麻酔管理を見学させて頂きました。

手術室運営の視点での当院との大きな違いとしては、HMC/UWMCでは心臓麻酔、脳外科麻酔、血管外科麻酔、産科麻酔、一般麻酔などのチームに分けられ分担している点があります。
専門分野ごとに担当することで精度をあげることができる一方で、特にHMCでは日中の症例はチームごとに分担していても、夜間の緊急対応では普段は担当しない専門外分野の手術も担当せざるをえない状況もあるとのことでした。

周術期管理における当院との相違点は、アメリカでは全身麻酔であっても低侵襲の手術であれば日帰りで行われることが多い点にあります。術後のリカバリールームに6時間程度滞在して、術中管理を担当した麻酔科医が帰宅可能か否かを判断していました。医療費を抑える目的でなるべく入院を回避する点に、日本の対応との違いを強く感じました。
また、リカバリールームが活用されることで、術後の患者様の状態を麻酔科医がより長く管理することが可能になっているのはメリットの1つだと感じました。麻酔科医がより長く管理することで、deep extubation の割合が当院より多いように感じました。

薬剤に関しては、当院では全身麻酔の際は術中鎮痛のためにレミフェンタニルを持続静注することが多いです。
一方、HMC/UWMCでは鎮痛薬の持続静注は基本的には行われておらず、手術開始時やバイタル変化に合わせて長時間作用型オピオイドであるヒドロモルフォンやフェンタニルの単回投与を行なっておりました。レミフェンタニルも脳神経外科手術など一部の手術では使用するそうですが、基本的には薬価が高いため使用しないことが多いとのことでした。

吸入麻酔については、当院の麻酔器にはデスフルランとセボフルランが設置されており、デスフルランを使用することが多いです。
一方、HMC/UWMCでは麻酔器にはイソフルランとセボフルランが設置されており、セボフルランを使用することが多いとのことでした。デスフルランは高価であることや環境汚染の観点から使用しないとのことです。

その他薬剤に関連したこととしては、術前の問診時に患者様の薬物中毒歴を確認していることも印象的でした。使用していた薬物がフェンタニルなどのオピオイド量換算できるものであれば換算量を確認して術中管理の参考にする場合もあるようですが、多くの違法薬物には不純物が混入していて成分が不明確であり、また内容量も不明なため術中のオピオイドの鎮痛効果を推定することが困難なため、伝達麻酔やケタミンなどのオピオイドとは異なる機序の疼痛管理を考慮するとの説明でした。

2.pre-op roomでの区域麻酔チームの見学
当院では基本的には術中の全身管理を担当する麻酔科医が、手術室内にて硬膜外麻酔や伝達麻酔を行なっています。
一方HMC/UWMCでは、区域麻酔チームがpre-op roomで硬膜外麻酔や伝達麻酔を行なってから患者様は手術室へ入室し、全身管理を行う麻酔科医に引き継ぐという流れが取られており、とても驚きました。
患者様が手術室から退室してすぐに次の患者様の全身麻酔導入を開始することができるため、時間を有効に使うことができ、円滑な手術室運営につながっていました。
また、分担制にしているもう一つの利点として、区域麻酔チームの麻酔科医は術後の患者様の疼痛評価により時間を確保できているようにも感じました。
一方では、当院での麻酔科研修の中で硬膜外麻酔や伝達麻酔による鎮痛効果を踏まえて総合的にマネジメントすることのやりがいを教えて頂いたため、自分が行った区域麻酔の効果を実際に手術中に確認できないことに少し寂しさを感じてしまいました。

定期的に区域麻酔チームの麻酔科医、精神科医、薬剤師、鍼灸師でカンファレンスを行い情報共有して、長期に疼痛管理が必要な患者様の診療に役立てている様子は印象的でした。
当院では基本的には伝達麻酔では局所麻酔薬の単回投与を行いますが、HMC/UWMCではカテーテル留置も多くの症例で行なっておりました。日帰りで帰宅する患者様でもカテーテルを留置したまま帰宅し、患者様ご自身が自宅でカテーテルを抜くとのことで、なるべく入院を避けるアメリカの医療らしさを感じました。

【最後に】
今回の米国研修を通して、HMC/UWMCでは日本人医師である南立宏一先生や深澤恭太先のほかにも、台湾やタイなど出身の医師の方と接する機会も多くありました。
そして、出身国で麻酔科の後期研修まで終了されてから渡米される先生方も多くいて、麻酔科についての多様な考え方に触れることができたことも貴重な経験となりました。

今回の研修の中では、アメリカ人の麻酔科後期研修医の先生方とも接する機会が多々ありました。当院の麻酔科後期研修医の先輩方の手技や麻酔管理の技術は、米国で病院見学させて頂いた先生方と全く遜色ないものと感じました。当院での麻酔科後期研修の充実度を改めて体感することができました。
一方で、肝移植など日本国内ではなかなか経験することができない手術経験をアメリカで積めることは、アメリカで麻酔科の研修を行うことの大きな魅力と感じました。

私は、まだ将来どの麻酔科分野に進むか、自分の専門分野については考えているところですが、今後専門分野が決まった際には、今回の貴重な経験を糧に海外も含めて新しい環境に積極的に挑戦したいと強く感じました。
先ずは、本年4月からの当院での麻酔科後期研修に誠心誠意励んで行きたいと考えます。

最後になりますが、現地でお忙しいにも関わらず今回のシアトルでの研修をサポートしてくださいました南立宏一先生、深澤恭太先生、今回このような素晴らしい研修機会をご提案下さいました当院副院長・当院麻酔科主任部長である植田健一先生に改めて御礼申し上げます。

以上が今回の私の海外研修の体験記となります。シアトルについては、今回研修で行くまでは、スターバックスの発祥地程度の知識しかありませんでしたが、アマゾンの本社があるビジネスタウンでありながら、山や海に囲まれた緑豊かな大都市であることを知りました。
そして、アメリカには、世界中から一流の医師を目指す若い研修医などが集まり、情熱をもって患者様の治療に当たっていること、切磋琢磨していることを知りました。

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。そして、この体験記を読んだ一人でも多くの方が、海外研修を体験していただけたら幸いです。
これからの皆様方の参考に少しでもなれたらうれしく存じます。

2024年2月21日 亀田総合病院 初期研修医 松本絵美

このサイトの監修者

亀田総合病院 副院長 / 麻酔科 主任部長/亀田総合研究所長/臨床研究推進室長/周術期管理センター長 植田 健一
【専門分野】小児・成人心臓麻酔