ワシントン大学病院・ハーバービューメディカルセンター(Harborview Medical Center)麻酔科見学研修記

私は、2023年1月6日~1月22日まで、アメリカ合衆国・ワシントン州シアトルにある、ワシントン大学病院(University of Washington Medical Center, 以下「UWMC」)および、関連施設である、ハーバービューメディカルセンター(Harborview Medical Center, 以下「HMC」)の麻酔科見学研修の機会を幸運ながらいただきました。
研修の記録として、簡素ではございますが、皆様に共有させていただければ光栄です。

【研修のきっかけ】
当院麻酔科には、アメリカで麻酔科医として勤務されていた先生が複数名いらっしゃいます。今回は、そのうちの1人、当院副院長・麻酔科部長であります植田健一先生を通じて、南立宏一郎先生を紹介していただきました。南立先生は、HMC麻酔科で長年勤務されている麻酔科医です。2020年に猛威をふるいはじめたCOVID-19の影響は、病院見学にも及んでいました。南立先生とメールでやりとりをはじめたのは2022年6月でしたが、未だHMCでの見学受け入れは厳しい状態でした。
そのため、応募書類作成と同時に、COVID-19ワクチンの5回接種(そのうち1回はBA.4-5対応であること)及びインフルエンザワクチン接種が条件として追加されました。
一方、南立先生の人脈により、HMCだけでなく、UWMCでも麻酔科見学が可能となりました。UWMCには、深澤恭太先生という日本人麻酔科医がおられました。また小児病院での麻酔科見学も南立先生の助言で応募しましたが、時期が悪く見学することが叶いませんでした。
最終的に、HMC及びUWMCでの見学研修となり、2週間強の見学期間を確保することができました。

【アメリカの麻酔・手術室管理の現状】
今日、医療は非常に多くの分野で標準化が進んでいます。そのため、日本とアメリカでは、少なくとも麻酔・手術室管理について、全く違う、ということはなく、多くの点で同じでした。
しかしながら、主に以下の点で、アメリカと日本は違っていると言えそうです。

①周術期の時間的管理
日本の場合は、患者は少なくとも術前日に入院します(小児など一部を除く)。術当日は起床時から病院におり、術後はリスクに応じて一泊〜1週間を超えるものまで様々ですが、少なくとも一泊する場合が多いのではないでしょうか。
アメリカの場合は、基本的にDay Surgeryが多いです。患者は1~2週間前に術前外来で説明を受けます。術当日、患者は朝6:00過ぎ頃に来院し、そのままPre-Operation Roomと呼ばれる準備室のベッドに連れて行かれます。患者はそこで最終飲水時間や内服の確認、麻酔科の術前診察を受け、手術を受けます。
術後は、リスクの低い患者はRecovery Roomで看護師に管理され、夕方には退院していきます。私が見学した症例では、膀胱癌に対する膀胱全摘除術及び回腸導管造設術も当日退院でした。その他、ドレーンが入っていても、本人及び家族に指導して退院し、3日後を目処に外来で管理されるとのことでした。このような違いから、麻酔科医も、朝6:10〜6:30の間に出勤します。日本と比較すると、全体的に朝が早い印象を受けました。

②患者の金銭的負担
上記のような違いを生み出すのは、両国の健康保険の違いが関係していると思われます。日本の健康保険は、国民皆保険制度+高額医療費制度で構成される健康保険と、介護保険制度で成り立っています。そのため、患者は医療機関に多くの金額を払う必要がありません。高額な医療を受けても、月に10万円以上払うケースはそこまで多くないと思われます。
一方で、アメリカでは国民皆保険制度は存在せず、この理屈が通用しません。そのためアメリカはどうしているかというと、国民一人一人が民間の保険会社の保険を購入するか、低所得者層はメディケイドと呼ばれる公的扶助保険を、高齢者層はメディケアと呼ばれる公的扶助保険を使用しています。
民間保険会社によって、カバーしている医療機関や医療者が違います。この事は、アクセスできる医療機関や医療者が一人一人違う事を意味しています。
もし保険がなければ、医療費は高額になります。例えば、虫垂炎の当日入退院手術であっても、200万円も請求されます。そのため、患者側からすれば、病院にいる時間は一秒でも少ない方が良いのです。このことから、Day Surgeryが多いと思われます。

③手術の種類・件数
手術の種類も日本とは若干違います。例えば、HMCは治安があまり良くないダウンタウンの病院ですから、銃撃を受けた患者も必然と多くなります。HMCはまた、トラウマセンターが有名でもあるので、地域の外傷患者は全てHMCに集まります。
そのため、ひどい交通外傷や、銃創が残る手術はよく見られます。
一方、UWMCでは、深澤先生が部長を務める移植麻酔が有名です。私がいた2週間の間にも、脳死・心臓死肝移植を見学できました。また、心肺肝同時移植も極めてまれながら行われています。UWMCだけで年間150件ほどの移植が行われることからも、移植手術の多さが見て取れます。
全体の手術件数も違います。例えば当院では、手術室麻酔・内視鏡や心カテ室のNORAを含め、1日50件ほどだと大変多く感じます。一方でUWMCやHMCでは、全て含め1日に120〜150件麻酔をします。現地で働く中国人麻酔看護師に聞いた所、中国ではなんと、大病院では年間25万件、1日あたり680件もの麻酔をするとのことでした!

④使用薬剤
基本的には麻酔薬は日本とそこまで変わりません。しかしながら前述した金銭的負担の違いから、アメリカ国内で比較的安価なセボフルランやイソフルランを使用しています。デスフルランは高価であり、環境汚染の懸念からアメリカではほとんど使用されていないようです。
同様の理由から、レミフェンタニルは使用されていません。代わりに、フェンタニル、スフェンタニル、ヒドロモルフォン(長時間作用型のため、術後のRecovery Roomまでもつとのこと)、そしてケタミンを使用しているようです。

⑤スタッフ・設備の数や種類
日本と比較して最も違うのが、スタッフ関係でしょうか。当院でも、周術期麻酔看護師(Perioperative Anesthesia Nurse; PAN)を採用していますが、アメリカではCRNA(Certified Registered Nurse Anesthetist. 詳しくは、「米国の麻酔看護師事情(https://www.kameda.com/pr/anesthesiology/post_60.html)」をご一読ください)と呼ばれる職業がこれに当たると思われます。
例えばUWMCのある1日では、麻酔科スタッフが30名、レジデントが21名、そしてCRNAが29名働いていました。その他にも、Anesthesia Technicianとよばれる麻酔専用のMEや、Recovery RoomではRegistered Nurseが1患者につきほぼ1人担当できるだけの人員がいます。
UWMCではICUも見学できましたが、そこでは、Doctor, Pharmacist, Advanced Registered Nurse Practitioner(ARNP), Registered Nurse, Respiratory Therapistと呼ばれる人工呼吸器管理及び離脱の権限をもつ専用のSpecialistが多数存在します。
設備に関しては、手術室は28室、ICUはSurgical ICU, Wound ICU, CT(Cardiothoracic)-ICUがそれぞれ20部屋ずつほどある充実体制です。他方、病床数は同じ規模の日本の病院と比較してやや少なくなっています。
このように日本と比較して職種や設備が細分化されていることが、良くも悪くもアメリカの特徴です。勿論細分化されていれば、一人当たりの仕事量は減ることで自分の仕事に集中できます。更に、連携が上手く取れれば、物事はスピーディーに進む印象を受けました。
しかしながら、細分化されているが故、自分の範囲を超えて仕事に従事することは極端に少なく(というよりも、権限がないので出来ず)、一部で律速段階が発生すると、仕事が完全に止まってしまうことさえあります。これも、日本では中々体験できないことでした。

【最後に】
アメリカの麻酔科医のレベルと、日本の麻酔科医のレベルは、少なくとも私がみた限りでは変わりません。日本の麻酔科医のほうが器用とさえ感じる部分もありました。教育レベルに関しても、日本で行うような麻酔科の毎日の朝カンファレンスはなく(麻酔件数が多すぎてカンファしている時間がないのです)、指導医からの個別指導が主であるため、日本のような指導体制は充実していると感じます。実際に、南立先生や深澤先生も、アメリカで長い間働かれていても、日本の専門研修プログラムや、指導体制はかなりしっかりしていると話されています。
一方で、日本で充実した指導体制があることと、日本国内のみで麻酔を行えばよいことは、意味合いが少し違うのもまた事実です。国外で学ぶことで、日本ではあまり出会うことの出来ない症例を学べる事ができます。日本を離れて、改めて日本の医療の利点・欠点を見つけられる事もできます。そのような意味で、今回の研修は実り多いものとなりました。
最後に、現地で大変お世話になった南立先生、深澤先生、そして今回のきっかけをつくってくださった植田先生に深謝し、この体験記を終えたいと思います。
最後までお読みいただき、誠に有難うございました。

亀田総合病院 初期研修医 及川孔

このサイトの監修者

亀田総合病院
麻酔科主任部長 小林 収

【専門分野】
麻酔、集中治療