腰椎すべり症

1.病気についての説明

腰椎変性すべり症
 変性すべり症は、腰の骨(腰椎)が前後にずれてしまう疾患で、中年以降の女性に好発し、第4番目と5番目の腰椎の間によく認められます。原因は明らかではありませんが、多くは加齢とともに腰椎の椎間板や関節・靭帯がゆるみ、すべった腰椎が不安定性(ぐらつき)をともなって脊柱管(神経の通り道)が狭窄し神経を圧迫して、腰痛や下肢痛、しびれが生じます。病期の進行とともに症状は変化し、初期は椎間板や椎間関節由来の腰痛が主体ですが、進行すると脊柱管狭窄症を生じ、間欠跛行(長い距離を歩くと痛み・しびれが強くなり、しゃがみこむと症状が軽減する)を認めたり、末期になると安静時にも下肢痛が出現するようになります。治療は保存療法が原則です。症状が強い場合は、コルセットを装用し日常生活で腰に負担のかかる動作を避け安静にすることが重要です。消炎鎮痛剤などを内服し、痛みが軽減してきたら腰部のストレッチングや筋力訓練を行います。疼痛が強い場合は、神経ブロック療法などを試みますが、これらの保存療法で改善の得られない症例では除圧術や脊椎固定術などの手術が必要となることがあります。適切な治療が行われれば、治療後の経過は比較的良好です。

脊椎分離症・すべり症
 脊椎分離症というのは、脊椎の関節突起間部といわれる部位で本来つながっているべき骨の連続性が絶たれてしまっている(分離している)疾患です。主に5番目の腰椎(腰の骨)に生じ、スポーツを行う学童期に多く発症することから原因は腰にかかる繰り返しの外力による疲労骨折と考えられていますが、一部遺伝も関与していると考えられています。本疾患の主な症状は腰痛ですが、運動時には腰痛があっても普段はあまり症状がないこともあり、放置される例も少なくありません。しかし、早期にコルセットの装着やギプス固定などの適切な治療を行うことで骨折した部分の癒合が期待できます。したがって、お子さんに運動時の腰痛が生じた場合は早期に脊椎脊髄外科専門医を受診することが大切です。分離症が放置された場合、隣り合った脊椎との間の安定性が損なわれてしまうため加齢とともに骨と骨との位置関係にずれが生じることがあります。この状態を脊椎分離すべり症と言います。すべりがひどくなると下肢の痛みやしびれが出現することもあり、時に手術が必要となることもあります。適切な治療が行われれば、治療後の経過は比較的良好です。

2.治療について

 まず保存的療法を行います。

1)安静、生活習慣の改善
 痛みは腰にかかった負担によって筋肉や関節部で起きた炎症のために生じるとされています。まず、腰にかかる負担を減らすことによって早期の回復が期待されます。また日頃からストレッチや筋力強化訓練を行い、腰部周囲の筋肉のバランスを整えることは腰痛の再発予防につながります。一方、腰痛が消失するまで安静を保つ必要はありません。むしろ、動ける範囲で日常生活を維持した方が、治療効果が高いことが科学的に証明されています。
2)装具療法
 局所の安静を保つことで痛みの軽減や早期の回復を期待し、腰椎装具を着用していただく場合があります。装具には長さや硬さなどいろいろ種類がありますが、急性に生じた腰痛症の場合には軟らかい簡易なもので十分です。しかし、何ヶ月にもわたる長期間の着用は、逆に腰の周囲の筋肉に萎縮をもたらすため避ける必要があると言われています。したがって、装具着用の目的と装着期間は、病状によりかなり異なりますので担当医によくお聞きください。
3)内服・外用薬治療
鎮痛を目的に非ステロイド系抗炎症薬を、痛みによって緊張した筋肉を弛緩させるために筋弛緩薬を使用します。また、シップ剤など外用薬も適宜使用します。特に急性腰痛には有効なことが多いことが分かっています。
4)物理療法
温熱療法等によって局所の循環が改善され、痛みを誘発する代謝物の除去、筋痙攣の緩和、刺激効果、心的効果などがもたらされると考えられ、時に有効です。
5)神経ブロック療法
トリガーポイント(発痛点)に局所麻酔薬や抗炎症薬を使用する事によって痛みを治療する方法です。トリガーポイントをブロックしますと、交感神経系の異常な興奮が抑えられ、局所の血行が改善され、発痛物質(痛みを誘発する物質)が抑制され、痛みが緩和されると考えられています。

3.手術目的および神経症状改善の限界について

一般的には、薬物療法や理学療法などの保存的治療を十分に行い、それらの効果がみられない症例に対して手術を行うのが原則です。しかし、重大な神経麻痺が生じてきた場合などは緊急に手術を行うこともあります。いずれにしても主治医から手術の必要性と合併症の危険性について十分に説明を受けることが重要です。
腰椎の変形、腰椎不安定性、靭帯の肥厚や骨化などに伴い圧迫を受けている神経(脊髄、神経根)の減圧を行い、不安定性に対して腰椎の固定術を行います。
神経を減圧し固定することにより、

  1.  現在ある神経症状の改善
  2.  今後の神経症状の悪化予防

を目的とします。
手術療法の基本は神経の減圧と腰椎の安定を目的としたものであり、すでに損傷を受けている神経機能を完全に回復させる事はできません。術後神経症状の回復には限界のあることを理解された上で、手術を受けられるかどうか決断なさってください。
神経症状回復に影響する因子としては、

  1. 神経症状の重症度
  2. 罹病期間
  3. 画像所見(多発病変、神経圧迫の程度、腰椎の変形の程度など)

などがあります。罹病期間が長く術前神経症状が重篤な場合、また画像上神経の圧迫が高度で多椎間にわたっている場合、すでに神経麻痺を認める場合には、術後の神経症状の回復には限界があります。

4.手術方法(腰椎後方除圧術、腰椎固定術)

 大きく分けて悪い部分や神経を圧迫している部分を切り取る手術(減圧術)と、関節のずれを矯正し、ずれないように固定する手術(固定術)があります。減圧術は病変の部位により腰の後ろや横から進入する場合がありますが、手術用顕微鏡を用いた非常に精度の高い手術(マイクロサージャリー)が必須であります。固定術にはいろいろな方法がありますが、最近では初期からしっかりとした固定を得るため、主に腰の後ろから骨釘を打ち込み、ボルトで固定する方法が多く用いられます。この際釘を安全・正確に打ち込むため手術用ナビゲーション(カーナビゲーションと似た原理)を用いることもあります。最終的にしっかりとした骨癒合を得るため腸骨(骨盤の骨)から骨を移植します。

1)腰椎後方除圧術、椎弓切除術
 脊柱管狭窄症などで下肢痛や歩行障害が著しい場合に行います。椎弓を全て切除する広範囲椎弓切除術と、隣り合う椎弓の一部を切除して窓をあけるようにする腰椎開窓術(内側椎間関節切除術)があります。椎弓切除術は、しばしば次に述べる椎間固定術と併用されます。
2)椎間固定術
 腰椎すべり症などで、椎骨と椎骨の間にずれや不安定性が生じた場合は、椎間を固定する必要が出てきます。背中側から入って椎骨と椎骨の間に骨移植する後側方固定術(PLF)、後方侵入椎体間固定術(PLIF)や、腹側から入って骨移植する前方固定術などの方法があります。移植する骨は骨盤から採取し、骨移植に金属による固定(instrumentation)を併用することがあります。固定術は背骨の外傷や腫瘍に対しても行われます。手術後は、コルセットを数ヵ月間着用する必要があります。
3)手術術式
(1)体位:全身麻酔をかけ、気管内挿管をし、腹臥位(はらばい)で手術を行います。
(2)皮膚切開:腰椎正中において、病変に応じた位置で縦方向に約7〜10cmの皮膚切開を行います。
(3)術野の展開:腰部の後方に存在する筋肉群を分けて正中から進入し、棘突起と椎弓後面に到達し、術野を確保します。
(4)除圧術、減圧術:ここから顕微鏡下で操作を行います。減圧術は病変の部位により後ろや斜め横から進入する場合があります。まず椎弓を切除し神経の近くまで到達します。ここで神経を圧迫している病変や肥厚した靭帯などをエアドリルや鉗子を用いて摘出します。この操作で神経は除圧されます。
(5)後方固定術:腰椎の不安定を解消するため、固定が必要となります。レントゲンで角度を調整しながら適切な位置にケージ、スクリューやワイヤーを挿入し、それぞれロッドと呼ばれるチタン性の棒に固定します。また椎間板内にご自分の骨やチタン性のケージと呼ばれる人工骨を挿入し十分な椎体固定を行うこともあります。将来的にご自身の骨でしっかりとした骨癒合を得るため、腸骨(骨盤の骨)から骨を移植する場合もあります。
(6)閉創:止血を確認し、皮下ドレーンを挿入し、閉創します。

5.術後の経過および注意事項

(1)腰椎コルセットの使用:最近では術直後から強固な固定が得られるため、一般的に術後に長期間の臥床は不要であり1〜2日で歩行が許可されます。ただし、固定部が安定するまでの2〜3ヶ月程度、腰椎コルセットの装着を要することがあります。術後コルセットの必要な患者さまに関しては、装着の期間などを担当医師が直接指導いたします。
(2)退院の目安:入院期間は平均術後10日です。退院後も2週間程度の自宅療養を行い。退院後の生活に慣れてください。術後1ヶ月で通勤・通学を開始します。その後は日常生活に制限はありませんが、スポーツなどの開始時期は担当医にご相談ください。格闘技や腰部に負担のかかるスポーツは控えてください。

◎ちょっとためになる話◎

ちょっとためになる脊椎脊髄と末梢神経の話10:腰椎すべり症

このサイトの監修者

亀田総合病院
脊椎脊髄外科部長 久保田 基夫

【専門分野】
脊椎脊髄疾患、末梢神経疾患の外科治療