vol.67 慢性痛は"緩和ケア"の対象とならないのですか?
【慢性痛は"緩和ケア"の対象とならないのですか?(Is palliative care only meant to keep the patient out the hospital?)】〜ある慢性痛患者からのメッセージより〜
近年、米国では、opioid crisis(オピオイド危機)が深刻です。米国では一般医によって広く医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)が、がん以外の慢性疾患にも大量に処方された結果、それによる有害事象、救急搬送、死亡事故が急増しています。これに米国政府はなんとしても終止符を打とうと、ある意味で、なりふり構わないオピオイド処方に関するガイドライン(下記)を発表してこの危機を脱する方法を模索しています。今や、オピオイド危機は、米国における公衆衛生上の最大の問題かつ国の存続に関わる難題とも言われています。
米国の医療を広く統括する機関であるCDCは2016年の Opioid Guidelineのなかで、すべての医師に対して現在のオピオイド危機の状況を鑑み、オピオイドの処方を自粛するよう促し、これに従わない医師は、医師免許剥奪というような厳しい罰則規定も設けられているようです。
今回の記事では、このガイドラインの影響を受けている、これまで高用量のオピオイド処方を受けてきた難治性の慢性痛患者の言い分が切実にありのままに書かれています。これまで処方を継続されていたのに、医師から急にこれ以上オピオイドが処方できないと告げられて、困惑し窮地に陥っている慢性痛患者の状況がよく分かります。
非がん慢性痛で難治性疼痛ではオピオイドのみが鎮痛効果を発揮することも決して少なくなく、そのような患者にとってオピオイドは生活を維持するための命綱となります。漸減するならまだしも、高用量のオピオイドを急に処方中止すれば離脱症状に苦しむのみならず、まずたいていは痛みが増悪しQOLが低下します。
そしてこの記事の議論の中心は、このガイドラインの例外事項(オピオイドを継続してもよい場合)としての「慢性痛の患者が緩和ケアを必要とする場合」という記載の解釈についてです。ここでの緩和ケアは明確な定義がなされているわけではなさそうですが、米国でも、殆どすべての医療者にとって、緩和ケアとはいまだに死に瀕した病気(進行がんなど)に罹患した患者のことと捉えているため、多くの慢性痛患者には死に瀕してはいないので緩和ケアには該当しないと判断されるとのこと。
ここで思い出してもらいたいのは、WHOによる緩和ケアの定義です。WHOは「緩和ケアとは死に瀕した人のみに限定しない。年齢も問わない。すべての進行性の慢性疾患に罹患し、それによる苦痛で苦しむ患者とその家族が対象である」と定義しているのです。ならば、このWHOの定義を米国の医師たちが受け入れ、CDCもこれを承認すれば、多くの難治性の慢性痛患者も緩和ケアの対象となりますから、医師の適切な管理の下で、オピオイドによる疼痛治療を安全に継続的に受けられるはずです。
日本よりも米国の方が非がん慢性疾患患者への緩和ケア供給が進んでいると思っていましたが、それでも、オピオイド危機の反動によって一律的にオピオイド処方が中止されかねないような厳しい状況を知るにつけ、緩和ケアの定義はまだ国によらず狭く厳しい現状を思い知らされます。
医療者は、各国の医療制度の枠の中でしか物事を考えることができないし、行動できない、という厳しい現実があります。しかしながら、そのような困難があったとしても私達は緩和ケアを現場で実践する者として、患者の利益を守る代弁者(アドボケーター)として「Palliative Care for All:すべての人に緩和ケアを!」というWHOの緩和ケアの定義を現場で実践できるように、これからも努力してゆきたいと意を強くしました。
このサイトの監修者
亀田総合病院
疼痛・緩和ケア科部長 関根 龍一
【専門分野】
病状の進行した(末期に限らない)癌や癌以外のあらゆる疾患による難しい痛みのコントロール、それ以外の症状の緩和