ERASの導入

近年、術後早期回復を目的としたEnhanced recovery after surgery (ERAS®)のプロトコルを導入する施設が増えていますが、当院婦人科でも徐々に、その内容を取り入れています。まだまだ少しずつですが、不要な処置や食事および離床制限を避け、なるべく自然な生活に近い状態を維持したまま周術期を送れるような管理に変更しています。昨年度末に産婦人科手術でこれまでルーチンで行っていた管理をチーフレジデントの越智医師が改革し、新たな周術期管理が導入されました。また、先日婦人科腫瘍カンファランスで末光医師がG.NelsonらのEnhanced recovery after surgery (ERAS®) in gynecologic oncology - Practical considerations for program development. Gynecol Oncol 2017.をとてもわかりやすくまとめてくれました。以下にその内容を日本語訳しまとめたものを記しますが、実際の運用に際してはぜひ原文を参照にしてください。日本と海外ではどうしても医療システムや使用できる薬剤の種類、適応が異なるため全てをそのまま引用することは難しいですが、よりよい周術期管理ができるようにさらなる改革を目指したいと考えています。

亀田総合病院産婦人科は産婦人科専門研修プログラム基幹施設であるとともに、周産期新生児専門医指定修練施設、産婦人科内視鏡外科学会認定研修施設、婦人科腫瘍専門医指定修練施設でもあります。修練を希望される先生はぜひ一度見学にいらしてください(*'▽')

Enhanced recovery after surgery (ERAS®) in gynecologic oncology - Practical considerations for program development

[ ERASとは ]

 ERASの基本コンセプトは,手術後の回復促進に役立つ各種ケアをエビデンスに基づき統合的に導入し,安全性と回復促進効果を強化した集学的リハビリテーションプログラムを確立し,侵襲の大きい術後においても迅速な回復を達成することである.①手術侵襲の軽減,②手術合併症の予防,③術後の回復促進,など三要素を達成し,その結果として在院日数の最小化と早期の社会復帰を実現することで,患者安全を保ちつつ医療費削減にもつながる.
 婦人科腫瘍領域でも近年報告が複数あり,方法は施設によるところが大きい.よって今回それらをまとめ,婦人科悪性腫瘍患者の開腹術後に焦点をあてた推奨を作成した.推奨には投与量やタイミングなどに言及する細かなものがあるが,多くのものはERASチームで協議し最良の方法を検討することが望ましい.
 ERASプロトコルの実現と成功には多職種の連携と定期評価が重要であり,それぞれの項目の尊主率や在院期間,再入院率,術後合併症などが対象となる.それにより,明らかになった評価項目の達成度や問題点,プログラムの発展具合を多職種でミーティングし,共有することで,専門分野それぞれで改善策を提案実施し,結果としてERASプロトコル成功へつながる (ERAS interactive Audit System (EIAS) が利用可能).

https://www.encare.net/healthcare-professionals/products-and-services/eras-interactive-audit-system-eias

[ 1.1. 術前の最適化 ]

・術前腸管処置の根拠性は高くなく,前処置がなくてもSSIと腸管損傷は発症率が低いとされ,施設毎に設定可能.する場合には経口抗菌薬併用が推奨される.
① 機械的処置のみ:SSIや腸管損傷へ影響ないが,電解質異常や脱水をさけることができ,過剰輸液をさけられる.
② 機械的処置+抗菌薬:SSIと腸管損傷リスクをより減じる

・腸管処置
① 実施しない
② 下剤+ネオマイシン(アミノグリコシド)1g + メトロニダゾール500mg
(浣腸は低位前方切除例で検討)
・食事 ①翌日朝Ope :固形食 前日24時迄
    ②午後Ope :軽食 当日6-8時間前迄
・外液 ①術前2-4h前より
    ②炭水化物含有の飲水を2h前より(術前飢餓を回避)

[ 1.1.2. 術前薬剤 ]

[ 1.1.2.1. 鎮痛薬 ]

・アセトアミノフェン 1000mg once PO/IV
・セレコキシブ 400mg once PO
・トラマドール-ER 300mg once PO
・ガバペンチン 300-600mg once PO(プレガバリン75mg)
 (同日退院例はトラマドールやガバペンチンのスキップ検討)

[ 1.1.2.2. VTE予防 ]

・ヘパリン5000U SC 術前もしくは麻酔後
フットポンプ 麻酔前

[ 1.2. 術中の最適化 ]

 術中状態だけでなく,回復に重点を置いて標準化を試みた.周術期を通して脱水を予防し、循環血液量を維持することが最も重要.創部への局所麻酔は合併症を最小限にし,オピオイド使用量を減じる.

[ 1.2.1. 術中の予防薬 ]

[ 1.2.1.1. 予防的抗菌薬 ]

・前日のシャワー浴と,敗血症予防薬を内服
クロルヘキシジンで皮膚消毒
腸肝切除が予測されない:セファゾリン2g IV 切開前
・腸管切除が予測される :セファゾリン+メトロニダゾール500mg IV
(もしくはエルタペネム(カルバペネム系)1g IV)

[ 1.2.1.2. 制吐剤 ]

 婦人科腫瘍手術は術後嘔気嘔吐 (PONV)ハイリスクの為,2種類以上の予防薬投与(Multimodal).
①導入時
 アプレピタント40mg PO 導入時に
 デキサメサゾン 4-5mg IV 導入時
 プロメサジン 6.25-12.5mg IV (フェノチアジン系)
 スコポラミン 経皮剤 (前日夜も可能)

②終了時
 ドロペリドール 0.625-1.25mg IV
 オンダンセトロン 4mg IV 
 プロメサジン 6.25-12.5mg IV (フェノチアジン系)

[ 1.2.2. 麻酔 ]

 Multimodal analgesia(オピオイド減量目的)をコンセプトとする。
① 全身麻酔:全静脈麻酔(TIVA)を第一選択。
短時間作用型の吸入麻酔薬(セボフルレン,笑気,デスフルレン)でも可能
② 局所麻酔:硬膜外か腰椎麻酔
③ 局所浸潤麻酔
直接創部もしくはTAP(腹横筋膜面)ブロック
ブピバカイン0.25%とエピネフリン

[ 1.2.3. 最良な外科手技 ]

 術後ドレーンや経鼻胃管を避けることがよい。

[ 1.2.4. 体温の保持 ]

 積極的体温管理デバイスを手術前室から使用することが望ましい.

[ 1.2.5. 輸液について ]

乳酸リンゲルを使用し,Na負荷を避ける
・厳しすぎる、緩すぎる管理は避ける
目標の定まった輸液管理で,モニタリングデバイスを避ける

[ 1.3. 術後の安定化 ]

 術前術中の安定化の結果が術後の早期回復につながる.再少量のオピオイドを使用し積極的鎮痛を行い,術後早期離床を可能にする.嘔気や便秘や依存に注意しなければならない.

[ 1.3.1. 食事 ]

・固形物はPOD0から開始し,ガムを食事後30min噛む
 栄養食が必要な患者も同様(エンシュアなど)
血糖値は200 mg/dL
[ 1.3.2. 鎮痛剤 ]

アセトアミノフェン1000mg PO q6h (Max 4000mg/day)
・イブプロフェン400-800mg PO q6h (POD1〜)
・プレガバリン 75mg PO q12h (start POD1 pm, till 48h)

効果不十分例には
・オキシコドン5-10mg,トラマドール100mg PO
経口オピオイド内服後30minで効果不十分ならば
・オピオイドIV(モルヒネ0.5mg q30 min)
IV2回以上必要例ならば
・PCAへ切り替え24h程度使用
[ 1.3.3. 制吐剤 ]

・オンダンセトロン(当院なし) 4mg PO q6h prn
・無効例はプロクロルペラジン(ノバミン) 10mg IV q6h

[ 1.3.4. 補液 ]

外液40mL/h till 8-12h (尿量<20mL/hで250-500mLボーラス負荷)
600mL飲水時点で末梢点滴ロック

[ 1.3.5. 最良の手術 ]

・膀胱再建など禁忌がなければPOD1にBカテ抜去

[ 1.3.6. 離床 ]

歩行 8回/日・イスで食事・離床8h以上

[ 1.3.7. 腸管運動促進 ]

・センナリド1-2 tabs PO qhs
マグネシウム 26mL PO qhs
・ラクトース 15-30mL PO TID(当院なし,ミヤBMで代用)
・ポリエチレングリコール(日本販売なし)
・サイリウムムコイド粉末(ハーブ)

[ 1.3.8. VTE予防 ]

・フットポンプを離床まで
低分子ヘパリン5000U SC qd POD1開始
 悪性腫瘍の開腹術後は28日間継続

[参考]

q.d. (qd or QD) ; once a day (from Latin quaque die)
b.i.d. (or bid or BID) ; two times a day (bis in die)
t.i.d. (or tid or TID) ; three times a day (ter in die)
q.i.d. (or qid or QID) ; four times a day (quater in die)
q.h.s ; every bedtime (from Latin quaque hora somni)

参考文献)

Nelson G, et al. Enhanced recovery after surgery (ERAS®) in gynecologic oncology - Practical considerations for program development. Gynecol Oncol. 2017 Dec;147(3):617-620.

このサイトの監修者

亀田総合病院
産婦人科主任部長 大塚 伊佐夫

【専門分野】
婦人科悪性腫瘍