第3回亀田感染症セミナーin東京での質問への回答(講義1)

「第3回亀田感染症セミナーin東京」で頂いた質問への回答です。たくさんの質問をありがとうございます。各講義別に、質問と回答を掲載させていただきます。

講義1:耐性菌を出さない感染症診療

Q1:感染症医、感染症に詳しい医師のいない病院の場合、起炎菌の想定やde-escalationが困難な場合が多い。何かアドバイスはありますか?
A1:今は良い本がたくさんあるので、それを参考にまずはご自身の受け持ち患者さんから初めてみましょう。青木眞先生の本が基本的なことを学ぶのに役立ちます。抗菌薬の本は「実践的抗菌薬の考え方、使い方」という本が私と仲間で作った本ですが、良いと思います。https://www.amazon.co.jp/%E2%80%9C%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E7%9A%84-%E6%8A%97%E8%8F%8C%E8%96%AC%E3%81%AE%E9%81%B8%E3%81%B3%E6%96%B9%E3%83%BB%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9-%E7%B4%B0%E5%B7%9D-%E7%9B%B4%E7%99%BB/dp/4260019627

Q2:MEPMの許可制は24時間体制ですか?
A2:24時間体制です。初期治療の一回だけは処方が間に合わないといけないので、感染症科の返事を待たずに使用可能としています。病院には待機していませんが、毎日当番医が電話でコールを受けることになっています(管理人追記:コールを受けた後、実際に病院に出勤して診察し、必要性を検討し、治療方針を提案しています)。

Q3:内服治療にスイッチしたい場合に以外と難しいことがありますが(スペクトラムが合わないなど)、どのようにしていますか?
A3:内服治療は内服で治療可能な病態の時におこないます。内服薬のスペクトラムが治療対象をカバーするものがない時、標準的な治療でない場合は最後まで静注で行います。

Q4:De-escalationの原則のスライドを資料に入れてほしかったです。すぐに次のスライドに流れてしまったので。
A4:
・起炎菌がわかっている
・感受性検査の結果が出ている
・現時点で使用している抗菌薬よりも狭域の抗菌薬がある
・患者の状態が改善している

Q5:抗菌薬使用開始から最短でどのくらいで、細菌が耐性を獲得するのですか?緑膿菌など耐性を獲得しやすい菌はなんでしょうか?抗真菌薬に関しても同じ考えで良いでしょうか?
A5:文献的には最短で5-7日程度で菌交代現象などで耐性菌が出現すると報告されています。耐性を獲得しやすい、という点で、一般的な細菌で特別にプラクティスを変えるのは緑膿菌だけで良いとおもいます。しかし全ての細菌に対して、全ての抗菌薬使用が耐性を誘発すると考えるべきです。
抗真菌薬も考え方は同じですが、真菌感染症は、宿主の因子が大きいので真菌のアタックを受けやすいホストかどうかを意識します。

Q6:白衣やネクタイで感染症を伝播させるリスクが上昇するという事実はありますか?
A6:文献的には白衣は汚染されていることが知られており、交換、洗濯しないと伝播のリスクになると考えられています。ネクタイも菌が検出されたという報告はありますが、具体的なアウトブレイクの原因になったと言う報告は少ないとおもいます。私は特にそのテーマで論文を調べていないので知りません。しかし英国の感染管理のガイドラインでは、医師はネクタイをしないことが推奨されています。米国ではネクタイについての言及はありません。亀田総合病院の感染症内科では、病棟ではネクタイを着用していません(管理人追記:白衣は着用していない人のほうが多いです。白衣を含め、長袖の服を着用している場合、肘上まで袖を捲り上げて、袖が患者さんに接触しないようにしています)。

Q7:耐性菌の個室管理について、3ヶ月以内の入院の際に初めから個室管理にするとの事でしたが、S. maltophiliaのような自然耐性でも個室管理が必要でしょうか?
A7:"耐性菌"と表現したのは後天的な耐性のことです。感染管理の業界では"耐性菌"といえば常に野生型でない獲得耐性のある菌のことです(管理人追記:つまり、Stenotorophomonas maltophiliaなどの自然耐性では、接触予防策は実施していません)。

Q8:デエスカレーションするのが基本だと思いますが、シンプルなUTIなどCTRXde7ー10日「しっかり叩けば」耐性菌が出ないというのは違うのでしょうか?
A8:治療対象としている菌が耐性化するというわけではありません。第3世代セファロスポリン系抗菌薬の使用量が増えるとMRSAが増えたと言うdataが、1980年代に出ています。"抗菌薬を使う"と言うことは環境汚染を起こしているのです。抗菌薬を使用する事で自然環境の中にもたくさん耐性菌が出現しており、これも抑制するために、近年では"One Health"と言う考え方が提唱されています。農業、畜産、漁業にも抗菌薬がたくさん使われており、これらも含めて環境への抗菌薬負荷が世界の耐性菌の問題につながっている事が判明しており、常に不要な抗菌薬、不要なスペクトラムを使用することは慎まなければなりません。

Q9:感染症科そうでないかを見極めるセンス、経験が大切だと思いますが、何か大切にしているパールはありますか?
A9:感染症かそうでないかは、よく診察することです。横断的に初診時に決めることはなかなかできません。パールとしては、
"時系列で見た時に"良くも悪くもならない時は感染症らしくない"
と言えます。
青木眞先生は
"感染症はクレッシェンドかデクレッシェンドだ"
と表現されています。
また、
"どんなに感染巣を探しても見つからない時は感染症らしくない"
(ただし、ウイルス感染、リケッチアなどは感染巣がはっきりしない感染症)
"診察しても起炎菌を想起することができないときは感染症らしくない"
と言うところでしょうか。

Q10:どうしても耐性菌の問題に関心のない(特にご年配の)先生方に関心を持って実行していただくのにどういった工夫をされていますか?
A10:耐性菌対策はもはや"関心がない"ことは許されない状況になっています。世界的な問題としてWHOから各国の政府に自国の耐性菌対策の具体的なプランを立てるように勧告が出され、先進国サミットの議題にもなっています。日本も国内の対策を国際公約として伊勢志摩サミットで公表しています。
ということで、一つは"厚労省"のせいにして、厚労省から国の方針としてこのようなものが出ている、ということで協力してもらう事です。現時点では外来の経口抗菌薬を減らす具体的は方策が厚労省から公表されています。(抗微生物薬適性使用の手引第一版 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000166612.pdf)。また、抗菌薬適性使用支援加算という診療報酬精度が2018年度から採用されています。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/siryo5.pdf
抗菌薬適性使用支援チームを作って、具体的に抗菌薬の使用に対して、関与すると加算がつく仕組みです。病院経営者が抗菌薬適性使用に対して、積極的にバックアップしてくれる仕組みができたので、"病院の方針"として抗菌薬適性使用を行いやすくなりました。
最終的にどうしても聞いてくれない医師は放っておくことです。その医師が、年配の医師であった場合は、本日ご参加いただいた先生方よりも必ず先に引退します(管理人追記:もし若い医師であった場合は、そうはいかなかもしれませんが...)。それよりも研修医や後期研修医などの若い人に理解してもらうように努力したほうがよほど生産的です。

Q11:セフェム、カルバペネムにアレルギーがあると言われているESBLsによる腎盂腎炎の患者に対しST合剤で治療している場合、排尿障害があるので合わせて治療中であるが、STとミノサイクリンだけが感受性なので、ST合剤が使用できなくなったらどうしますか?
A11:ST合剤を使用中に耐性を取られることはまずないので、今回の治療はそれで完了できると思います。次に感染症を起こした時のためにベータラクタム薬が本当に使えないかどうかを、予め調べておくことをお勧めします。アレルギー科に依頼して、通常はプリックテストから開始して、最終的にチャレンジテストでOKになる薬剤を調べておくと良いでしょう。どうしても難しい時には感染症の専門家に相談することをお勧めします。

Q12:抗菌薬の臓器移行性はどの程度考慮しますか?
組織への移行性は中枢神経と眼内炎以外は特に考慮する必要はありません。急性前立腺炎も経口抗菌薬を使用するときにはベータラクタムは避けた方が良いと思います(管理人追記:この場合は、前立腺移行性も考慮する、ということです)。
MRSAの骨髄炎に対する標準治療役はバンコマイシンです。バンコマイシンは骨髄へも移行します。日本では一部の領域で"MRSAの骨髄炎にバンコマイシンは無効である"という言説が流れていますが、それを支持する医学的な評価に耐えうる論文は有りません。世界的にどこの国でもバンコマイシンで治療が行われています。そのような風説に左右されないように、標準的な知識を学んで行くことが重要だと思います。

Q13:Definitive therapyを決定する際の培養検体は「血液培養」でなければならないのでしょうか?当院は高齢者、重症心身障害児、筋ジストロフィーの患者が多く血培を2セット採取する事を嫌がる医師が多いです。
A13:そんなことは有りません。肺炎であれば質の良い喀痰、尿路感染では正しく採取された尿検体から検出された菌が起炎菌としてdefinitive therapyを選択することができます。
高齢者や、診察所見の取りにくい重賞心身障害の患者さんこそ血液培養が役に立つ状況は多いと思います。2セット採取しないとコンタミネーションもしやすい状況が多いと思われますので、その臨床的な意味をよく理解していただいて、血液培養を2セット採取していただくのが良いと思います。
もちろん肺炎なら喀痰、尿路感染なら尿、など感染巣がわかればそこから検体を採取することは基本的な診察のプロセスとして重要です。

Q14:「三途の川理論」で培養結果を待つ時間が長くなった場合に(5日しても培養が出ない時)解熱しなかったら、何日目ぐらいで、抗生剤の変更を考えますか?それとも培養結果が出るまで継続するのですか?或いは薬剤熱を考えて中止するのですか?
A14:「三途の川理論」は初期治療を選択するときに利用します。経過を見ているときに改善が得られない時に何も考えずに抗菌薬を変更する、ということはしません。抗菌薬のスペクトラムがあっていない、と言う選択肢は最後に考えます。(当然あっていることが前提で開始しているので)以下のようなことを考えます。
・膿瘍の排膿など感染巣のコントロールができていない。(ソースコントロールの問題)
・診断が違っている。(感染症ではなく偽痛風だったなど)
・別の感染症が起こっている(CDIなど)
・薬剤熱
・スペクトラムが外れている
これらのことを抗菌薬投与が開始されたら毎日検討します。
患者さんの状態にもよりますので、何日目で変更、と言うことはありません。Septic shockでカテコラミンが使用されている患者さんで、カテコラミンの量が増えて行く場合はさらに、頻度の少ない"想定される"起炎菌を狙った抗菌薬を追加、あるいは変更します。それは何日まで待つ、と言うのではなく時系列で変化を観察し必要な時にすぐに行動するようにします。感染症診療は時系列が重要です。毎日患者さんの変化を見て評価しますので、何日目に一律に評価すると言うことはしません。

Q15:血液培養の提出数は多ければ多いほど良いのでしょうか?
A15:一度に採取するセット数は4セットまで検出率が上昇することがわかっています。それ以上は検出率が上がらないので一般的には4セットまでで良いでしょう。採取する血液量は多ければ多いほど検出率が上昇することが知られていますので、一回に20mL採取して、好気、嫌気各ボトルに10mLずつ、それを2セット、合計40mL採取することが勧められます。

Q16:入院中抗菌薬使用時の発熱、下痢でCDIを疑う症例で検査を繰り返してもCDtoxin陰性の症例で他の要因もなく臨床的にCDIと診断して治療して改善した例がありました。検査を繰り返すのは何回までが妥当なのでしょうか?
A16:CDtoxinのイムノクロマト法によるアッセイは感度が低いことが知られています(60%程度)。したがって偽陰性が多いのですが、GDHと言うCD抗原の検査が併用されている場合は感度が90%程度まで上昇するので、GDHを使ったキットであれば繰り返す必要は有りません。
GDH陽性、CDtoxin陰性の場合はC. difficileを培養してその菌株(培地上のコロニー)を利用してtoxinを検査することで、便を使用したCDtoxinの偽陰性を減らすことができます。その方法をとった場合は繰り返しの検査は推奨されていません。

Q17:臨床的に〇〇と診断し、治療を開始するタイミングと、その後にやって来る不安への戦い方が知りたいです。
A17:抗菌薬投与前にできるだけ診断を詰めることが重要です。そして抗菌薬使用前に適切な検体を採取していれば不安なく"初期治療"を行うことができます。初期治療を続けながら、毎日患者の様子を観察して、改善していれば培養の結果を待ちます。改善しない場合は、抗菌薬投与で改善が得られない時に考えること、を考えます。

Q18:2回目に血液培養を採取する場合、1回目採取後何時間開けるのが望ましいか?
A18:2回目、と言うのは2セット目でしょうか?2セットは同時に採取して良いです。
心内膜炎の診断のため、持続菌血症を証明する目的のときには2セットは教科書的には1時間あけることが推奨されています。しかし1時間待って抗菌薬を投与するのも難しいので、実際は2セットは同時に採取し、最低15分あけて、出来れば1時間開けて3セット目、4セット目を採取すれば良いと思います。

Q19:ESBLs産生のE. coliが多く、特に尿路感染の起炎菌になることがあります。現実的に全例で退院まで隔離等のが難しいのです。そのような場合、カーテン隔離をしているのでしょうか?
A19:接触感染予防策は個室は必須要項ではありません。あれば個室が望ましいと言うだけなので、カーテン隔離で良いと思います。それよりは手指衛生の徹底と、正しいPPEの使い方が出来ていることが重要です。
隔離を続けるかどうかも病院ごとのリソースで決めれば良いので、感染管理専門職ICNなどと相談して病院のポリシーを設定すれば良いとおもいます。

Q20:感染症科がない施設での抗菌薬不適切使用を減らす対策はどうしたらよいでしょうか?
A20:2018年度からAST加算がついたので、ASTを組織して対応するのが良いとおもいます。ご質問をいただいた先生のような、感染症に詳しい先生を中心に、抗菌薬適性使用に関するトレーニングを積んだ薬剤師の方と一緒に、他職種のチームを組織し、病院の公式の組織として活動されることをお勧めします。

Q21:抗菌薬のde-escalationについて、別系統の薬剤でのスペクトラムの広さの序列について一般論的なものはありますか?
A21:抗菌薬選択の大原則に"ベータラクタム薬で治療できるものはベータラクタム薬で治療する"というものがあります。基本的にはベータラクタム薬を優先としますが、カルバペネムを使用している場合は、抗菌薬キノロンやST合剤に感受性があればそちらに変更することができます。テトラサイクリン、アミノグリコシドなどは原則としてベータラクタム薬が使えるときには使いません。標準的治療薬を知ることも重要です。
抗菌薬のスペクトラムを判断する時には、基本的にグラム陰性菌に対するスペクトラムを考慮するとわかりやすいと思います。グラム陰性菌に対してスペクトラムの狭いものを狭域と判断します。
最も単純なスペクトラムの判断はグラム陽性球菌、グラム陰性桿菌(腸内細菌科細菌)、緑膿菌、嫌気性菌(バクテロイデス)の4つに分けてどのグループをカバーするかを考えると良いでしょう。

Q22:アンチバイオグラムで何%ぐらいまでの抗菌薬を初期治療薬として採用するか?
A22:一般論としては90%以上あるものが望ましいとされています。近年はグラム陰性菌などは 90%に至らない場合があるのでその場合は標準的抗菌薬のなかで最も感受性率が高いものを優先にします。
その際に、三途の川理論で、絞ることが出来れば外すことも念頭により狭い抗菌薬で治療を開始することもあると思います。何%と数値で決めることはできないと思います。

Q23:アンチバイオグラムは市中感染も適応できますか?
A23:もちろんです。市中感染症も対象にしています。

このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育