脾臓がない患者の感染症予防
(1)脾臓の機能
- 大きく2つの機能がある
- phagocytic filter(老化しダメージを受けた細胞、血液中の細菌などを除去)
- 抗体を産生する(脾臓摘出→液性免疫不全) - 脾臓は、最大のリンパ組織(体内の約半分のimmunoglobulin-producing B lymphocyteを含む)で、莢膜を持つ細菌(encapsulated pathogen)のオプソニン化に必要なIgMを産生する主要な臓器である。
- 血液中の細菌は、直接マクロファージに認識されるものもあるが、多くの細菌は、オプソニン化(補体などに細菌の表面が覆われる)される必要がある。オプソニン化された細菌は、脾臓または肝臓でマクロファージによって、効果的に除去される。一方、オプソニン化されにくい莢膜を持つ細菌(S. pneumoniae, Hib, Neisseria meningitidis)は、脾臓でのみ除去される。肺炎球菌などの莢膜を持つ細菌の除去には、脾臓のmarginal zoneに存在するIgM memory B cellによって産生され、直接または補体結合を介して、貪食を促進するIgMが必要である。
(2)脾機能低下によるリスク
- 脾臓摘出術、先天的無脾症、脾臓低形成、sickle cell diseaseによる繰り返す脾梗塞などによる脾機能低下がある場合、主に肺炎球菌による劇症型感染症のリスクがある。肺炎球菌Streptococcus pneumoniae、Haemophilus influenza type b、Neisseria meningitidisなどの莢膜を持った細菌によって、劇症型感染症が起こる。Capnocytophaga canimorsusでも起こる(犬との接触で感染:咬傷、ひっかき傷、唾液)。重症のBabesia感染症や重症マラリアのリスクでもある。脾摘後最初の1年が最もsepsisのリスクが高いが、10年以上そのリスクは高く、おそらく生涯リスクが高い状態が続く。
- overwhelming post-splenectomy infection(OPSI):encapsulated pathogenによる重症感染症で、focusはっきりしないことが多い、非特異的な症状で発症、時間単位で悪化。死亡率は約50%(発症から24時間以内の死亡が多い)
(3)感染症予防
1)患者教育:もっとも重要!
- 患者とその家族に対して行う
- 致死的な重症感染症のリスクである(生涯続く)
- ワクチン接種の重要性
- 発熱時はすぐに病院受診(特に悪寒・全身症状)
- 熱帯地方への旅行時は医師に相談(マラリア、バベシア)
→マラリア予防内服、防蚊対策(DEET含んだ虫よけ剤)
- 犬などの動物に咬まれた場合は、すぐに医療機関受診し、抗菌薬投与を行う
2)ワクチン
(1) ワクチン接種時期
- 予定された脾臓摘出術の場合、術前にワクチン接種
- 手術後の14日以上前に接種する
- 術後に接種する場合は、術後14日以上開けてから接種
(2) ワクチンの対象となる細菌
- 肺炎球菌
- インフルエンザ桿菌type b(Hib)
- 髄膜炎菌
(3) 肺炎球菌ワクチン
- PCV13とPPSV23を接種する
- PCV13をまず接種し、8週間以上あけてPPSV23を接種
- PPSV23を接種済みの場合、1年以上あけてPCV13を接種
- PPSV23は5年ごとに接種する(ACIPは2回までの接種を推奨)
- 肺炎球菌感染症の既往があっても、接種する
(4) Hibワクチン
- 通常5歳以上の場合、Hibに対する抗体があるため、ワクチンの有用性は低いが、1回接種することが推奨されている
(5) 髄膜炎菌ワクチン
- 4価結合型ワクチンを接種(メナクトラ)
- メナクトラは、PCV13と4週間以上あけて接種する
- メナクトラは、2-3か月の間隔で2回接種、その後5年に1回booster
- 10歳以上の場合、meningococcal serogroup B vaccineも推奨されている(日本で認可されていない)
(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2015;64:608-612)
(6) その他
- インフルエンザの不活化ワクチンを毎年接種する
- 生ワクチンは接種可能→routine vaccineとして接種
3)予防的抗菌薬
- 毎日内服する方法、と、発熱時の経験的治療
(1) Daily prophylaxis
- 小児の脾摘後の患者で感染症発症率と死亡率が低下
3-36か月のsickle cell diseaseの小児 - 小児:
ペニシリンV 125-250mg 1日2回
アモキシシリン 10mg/kg 1日2回
ST合剤・マクロライド・CLDMが代替薬
→副作用や耐性の問題がある - 投与期間:基本は、5歳まで、かつ、脾摘後1-2年以上
- 高度免疫不全者(HIV感染者、固形臓器移植後、低γグロブリン血症)、OPSIの生存者の場合は、18歳までor 生涯内服してもよいかもしれない
- 成人:
- daily prophylaxisについては議論がある、routineの施行は推奨されない。この記載はUpToDateの著者の意見であり、NEJMの総説では1-2年内服考慮、としている
- 以下の場合は、生涯内服してもよいかもしれない
- 高度免疫不全者(HIV感染者、固形臓器移植後、低γグロブリン血症)
- OPSIの生存者
AMPC 250-500 mg×2/日
ペニシリンV 250-500 mg 1日2回
(2) Antibiotics for fever(早期の経験的治療)
- 発熱時に、前もって処方した内服抗菌薬を飲んでから病院受診する。1回目の内服後、ただちに近くの医療機関に受診すべき。特に、2時間以内に病院に受診できない環境の場合は、事前の処方が安全。効果を評価した比較試験はないため、基本的にexpert opinion。
- 成人:
AMPC/CVA 875mg/125mg 1日2回内服
AMPC 2g/回
LVFX 750mg 1日1回
(3) Antibiotic prophylaxis for procedure
- 歯科処置前の予防的抗菌薬:推奨なし
- UpToDateでは、
副鼻腔手術・気管支鏡検査30-60分前に
AMPC 2g内服を推奨
(4)参考文献
1. Prevention of sepsis in the asplenic patient. UpToDate2018
2. Lancet 2011;378:86-97
3. Australian Family Physician 2010; 39(6) :383-386
4. N Engl J Med 2014;371:349-56.
5. Clin Infect Dis 2014;58(3):e44-100(IDSAの免疫不全者へのワクチンガイドライン)
6. MMWR Recomm Rep. 2014;63(RR-01):1-14.
※複数の総説やUpToDateの記載をまとめたものであり、上述の通りに当院で画一的に対応しているわけではありません。各患者さん個別に対応しています。一部保険適応がないpracticeもありますので、実臨床に適応する場合は、ご注意ください。
このサイトの監修者
亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長 細川 直登
【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育