microbiology round

真菌には酵母、糸状菌(いわゆるカビ)、キノコが含まれます。みそやしょうゆ、お酒作りに使われる麹菌はAspergillus oryzae やA. sojaeといった糸状菌です。パン作りに欠かせないイースト菌はSaccharomyces cerevisiaeという酵母です。カマンベールチーズ作りにはPenicillium camembertiというカビの力を借ります。これらのように、人間にとって有用な真菌もいれば、人間に時に害をなす真菌もいます。今回2023.10.19のMicrobiology Roundでは、真菌の一つであるTrichosporon spp.について学びを深めました。

【歴史と微生物に関して】
Trichos:毛 sporon:胞子
・Trichosporon spp.は1865年はベーゲルによってwhite piedraの原因として初めて記載された。当初ベーゲルはPleurococcus属に分類した。1980年にBehrendによりTrichosporon ovoidesと命名された。Trichosporon sppは一般に表在性感染症に関連しているが、1970年に侵襲性トリコスポロン症の症例が報告されてから日和見感染症をきたす微生物として認識されている。Trichosporon sppは約50種以上が存在しているが。そのうち16種類は人への病原性を示す。Trichosporon sppは不完全酵母の1つで土壌、河川、樹木、野鳥や家畜の体内等の自然界に広く生息しており、健常者の便、気道、膣から検出されることもある。1004 人の健康な男性ボランティアのうち11%の正常な皮膚に定着していた。多くの患者はTrichosporon 症の診断前にTrichosporon sppを保有していることが示されており、内因性の常在菌叢による感染が疑われている。

【疫学とリスクファクター】
・ある研究では199例の基礎疾患の内訳は79例が血液悪性腫瘍、41例がその他の免疫抑制状態患者、25例が新生児、58例がその他の疾患であった。検出部位は血液が90例、肺が17例、皮膚13例、肝臓と脾臓が10例であった。血液疾患の79例のうちなんらかの抗真菌薬が投与されている間に発症したブレイクスルー感染が 59例(75%)でポリエン系が25例、アゾール系が18例キャンディン系が16例であった。日本での研究では90例のうち90%である81例が血液悪性腫瘍患者であり、血液から検出されたのは1例を除きT. asahiであった。Trichosporon sppは,臨床検体では,尿,糞便,喀痰から分離されることが多いことより,尿路, 消化管, 気道を介した感染が推察されてきた。肺トリコスポロン症の病理像の多くは血行性の播種性感染像を示し、人工呼吸器関連肺炎や,環境中のトリコスポロンを吸入してトリコスポロン症を発症したとされる報告はなく,気道から肺へ直接侵入はないと考えられている。

【臨床症状】
① 表在性感染症
・Trichosporon spp.による表在性感染は主に熱帯気候の免疫正常者に発生し、若い男性の生殖器領域に好発する。White piedraは通常無症状で毛幹の周囲に分生子が凝集して白い小結節が形成される。
② 侵襲性感染症
・Trichosporon spp.の侵襲性感染症は播種性と局所性に分類される。通常、播種性トリコスポロン症は好中球減少症患者に好発し急速に進行して多臓器不全に至る。播種性感染症は感染臓器により多彩な症状をきたし肺病変は血痰、咳嗽、呼吸困難、腎病変のある患者は顕微鏡的血尿とタンパク尿を示し、腎不全に至る。皮膚病変は播種性トリコスポロン症患者の約3分の1に見られ、体幹と四肢の紅斑性丘疹がと時に水疱を形成する。稀ではあるが局所の単一臓器に感染をきたすことがあり、心内膜炎、中枢神経、腹膜炎、創部等が報告されている。心内膜炎は人工弁がほとんどだが、薬物中毒患者では自然弁でも見られることがある。Trichosporon spp.による心内膜炎は他の病原体に比して疣贅が大きく、塞栓をきたしやすい。腹膜炎は腹膜透析患者で報告されており、他の微生物に関連した腹膜炎と同様の症状が報告されている。播種性Trichosporon 属菌感染症では血液、尿、喀痰、脳脊髄液、組織の培養からTrichosporonが見られることがある。
③ 夏型過敏性肺炎
・日本で確立したアレルギー性肺疾患であり、日当たりの悪い湿気の多い木造の家屋で増殖したトリコスポロンを吸入することで発症するとされ、家庭で生活することの多い主婦に多い。主にTrichosporon cutaneumによって引き起こされる夏型過敏性肺炎は日本における過敏性肺炎の74%を占める。

【治療】
・Trichosporon sppはエキノキャンディンに内因性耐性があり、アゾール系(ボリコナゾール、ポサコナゾール、イサブコナゾール)のMICは低い。エキノキャンディンまたはポリエン投与中のブレイクスルー感染はボリコナゾールで治療可能なことが多く、経験的治療はボリコナゾールが推奨されている。初期治療としての併用療法は推奨されておらず、ボリコナゾールに不応の際にはリポソーマルアムホテリシンB併用が考慮される。フルコナゾールは感受性が良好であれば使用可能である。深部感染がない場合は2週間、臓器障害のある患者は4~6週間または画像所見の改善まで治療する。

【参考文献】
Up to date:Infections due to Trichosporon species and Blastoschizomyces capitatus
Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 268, 3222-3237.e4
血液フロンティア. 2016 Nov 30;26(12):73-81.
International Journal of Infectious Diseases. 2008(12):S29.
Clin Microbiol Rev. 2011 Oct;24(4):682-700. PMID: 21976604.
Lancet Infect Dis. 2021 Dec;21(12):e363. PMID: 34419208.
Front Microbiol. 2016 Oct 17;7:1629. PMID: 27799926; PMCID: PMC5065970.

このサイトの監修者

亀田総合病院
臨床検査科部長、感染症内科部長、地域感染症疫学・予防センター長  細川 直登

【専門分野】
総合内科:内科全般、感染症全般、熱のでる病気、微生物が原因になっておこる病気
感染症内科:微生物が原因となっておこる病気 渡航医学
臨床検査科:臨床検査学、臨床検査室のマネジメント
研修医教育